Side:火村葵 交渉②


「んんっ! ゆいな、勝手に話を進めるな! 共同討伐者がいたなどと訂正したら、火に油を注ぐようなものだろが! 認めん! 私は認めんぞ!」



 黙って成り行きを見守っていた社長さんが、交渉の成立を認めないと喚き始めた。


 

「父さん、いや、社長。事態は緊急を要します。あと、1時間30分以内にこれ以外で葵様が納得する条件を提示できねば、この建物は木っ端みじんに破壊されるのですよ」



「だからと言って、虚偽報告を認めれば、会社ごと吹っ飛ぶ! 会社が潰れたら探索者たちが路頭に迷うんだぞ!」



「分かっております。今回の件は、わたくしも同罪だと思っております。ですので、視聴者やスポンサー様への謝罪会見は、わたくしが先頭に立って行います。そして、会社を存続させるため、社長には引責辞任をお願いしたく」



「わ、私が引責辞任だと!? 私が社長を辞任したら、誰が社長をやるつもりだ!」



「わたくしが引き受けます。新社長としてダンジョンスターズ社を切り盛りするつもりです」



「お前が社長だと……。できるわけが……」



「昨夜すでに日本政府の関係者様、大型スポンサー様からの許諾を取り付けました。許諾の条件が現社長の辞任となっております。もちろん、ダンジョンスターズ社の社長職を辞任してもらうだけで、父さんには日本探索者協会の会長職に専念してもらうつもりです」



 こりゃあ、社内クーデターってやつっすね。



 ゆいな嬢もなかなか食わせ者の経営者かも、会社の危機を利用して、義理の父を鮮やかに会社から追放してる。



 日本探索者協会は、日本政府から官僚を受け入れる天下り団体。



 免許交付や講習会などの実務作業は行っておらず、ダンジョンスターズ社が全ての業務を請け負ってるはず。



 ぶっちゃけ名誉職であって、権限は著しく制限されることになる。



「ゆいな、こんな暴挙が許されるとでも! 誰がこの会社を大きくしたと思っているんだ!」



 あのうろたえよう、きっと社長さんだけ何も知らされてなかったんだろうな。



 少し可愛そうって思うけど、あの態度と言動じゃ、部下が忠誠心を持つわけないっすよね。



「父さんには本当に申し訳ないと思いますが、これが貴方が大きくした会社を守る最善の方法です。それともこのまま交渉を成立させず、三郎様に建物ごと吹き飛ばされることを選択しますか?」



 いつもの表情に戻ったゆいな嬢、怖えっす。



 部下の人たちも社長さんが社長のままだとやべーって感じてるみたいっすね。



「貴様ら、ゆいなに味方するのか!」



「社長、先ほど暴れた男を我々では抑えられません。やつには銃も通じないし、最高強度のアンチマジック対策を施した社長室で易々とあんな威力の魔法を使いこなしました。あれは、化け物で逆らうべき相手ではないのです」



 サブローさんの人外の強さにビビってるから、ゆいな嬢の提案に乗って身の安全を図りたいって人が多数みたいっすね。



 あたしもさすがにあれにはビビったけど、いろいろとぶっ飛んでる人なので、しょうがないっす。



 サブローさんは、扱いさえ間違えなければ危険生物にはならないわけだし。



 ダンジョンの魔物よりか、よっぽど言うことを聞かせられるはず。



「くっ! 好きにしろ! 責任を取ってダンジョンスターズ社の社長は辞任してやる! ただし、今後いっさい私は謝罪はせんし、手は貸さないからな!」



 社長さんはそれだけ吐き捨てるように言うと、大きな足音を立てて社長室から出ていった。



「お見苦しいところをお見せしました。これで、わたくしがダンジョンスターズ社の社長となります。葵様の提示された条件での和解を改めてご提案させてもらいます」



 成り行きを見守っていたあたしに、ゆいな嬢が再度、交渉の成立を求めてきた。



 こちらとしては3つの条件さえ守ってもらえば、問題はない。



「こっちは問題ないっす。とりあえず、手土産のチョコバー12本入り3ダースだけは用意して欲しいっす」



「承知しております。時間もありませんし、すぐに用意をさせます」



 それから30分後、チョコバーを3ダースをゲットしたあたしは、サブローさんの魔法でできたクレーターを横目に見ながらアパートにダッシュで戻ることにした。

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