第9話 精霊と魔法



「はい、フォロワーの皆さん、おつこんばんちわー! サブローチャンネル専属サポート探索者兼アシスタントの火村葵っす。本日は、『サブローししょーによる超簡単魔法習得講座』を配信しちゃいますねー」



 単眼鏡モノクルの先に浮かぶコメントが滝のように流れていく。



 葵が可愛いとか言うコメントを打ってるやつらは、容姿だけに釣られた愚か者たちだ。



 やつは見てくれはいいが、世界最強クラスの口の悪さを持った女。



 今は上手く本性を隠しているだけだぞ。



 見る目のないやつらめ。



 滝のように流れるコメントの中には、俺のことをやっかむ言葉がほとんどだが、一つだけ褒めているコメントを見つけた。



 ユーザーネーム『探索引退者』か。



 こいつは見る目がある。戦士の中の戦士たる勇者の称号を得た俺を認められるやつは並みのやつじゃない。



 その名は覚えておいてやろう。



「サブローさん、サブローさん、配信始まってますよ」



 コメントを見ていたら、葵が俺の服の袖を引いてきた。



「ああ、そうか。だが、ダンジョンに入る前にいろいろと準備はしとかないといけない」



 俺も葵もダンジョンスターズ社から最初に支給される簡素な鎧を身に着けているが、こんな鎧では魔物の攻撃なんてほとんど防げる気はしない。



 特にスライムは溶解液を持っているため、一瞬で骨も残さず消されてしまうだろう。



「光精たちよ、我が呼び声に応え、他に見えざる障壁となれ! 不可視の障壁インビジブルバリア!」



 不可視の障壁が葵を包みこむ。



 これで、ほとんどの魔物は葵に近づくことができないが、強力なスライムの溶解液対策もしておかねばならない。



「地精たちよ。我が呼び声に応え、金色の盾でこの身を包め! 守護者の盾ガーディアンウォール!」



 盛り上がった地面から、金属成分が抽出され、金属製の盾の葵の周囲を飛び回り始めた。



 守護者の盾ガーディアンウォールなら、スライムの強力な溶解液でも数発は耐えられるはずだ。



 あとは――



「地精たちよ。大地の力となり、芽吹きし生命を回復させよ! 花蕾の蘇生フローラル・レヴィテーション!」



 これで即死しない限り、自動で傷が回復し続けるから簡単には死なないはずだ。



「闇精たちよ。闇より生まれし血の鏡となり、我が前に現れん! 血鏡壁ブラッドミラー!」



 これで魔法やブレスも反射できる。



 完璧だ! この防護魔法構成を突破できるやつは、俺くらいしかいないはず。



 これが破られたら、すなわち俺が敗れるのと同じ。



「緑の光とか黒いっぽいのとか、金属の盾っぽいやつとか、バフを盛りすぎっすよ」



「素人はこれだから――。ダンジョンってのは何が起きるか分からない場所だ。その何かに対応できるようできることは全部最初にやっておくことが生き残る秘策だ。俺の弟子なら、そこは頭の中に叩き込んでおけ」



「りょ、りょーかいっす。ところで、前から気になってたんですけど、サブローししょーの魔法って詠唱するのなんでっすか? 魔法って特性の力だから詠唱不要だって聞いてるっす。ほら、あたしも詠唱せずに――」



 葵は突き出した手の先に小さな火の玉を作り出した。



 なんだ、あの不細工な魔法構成は……。



 精霊の力の1割も使ってねぇなんとも無駄の多い魔法だ。



「ふーっ!」



「うわっ! サブローさん、あたしの火の玉を息だけで消すのやめてくださいっすよ。フツーの人はそんなことできないっすからね!」



 俺が息で葵の魔法と称する火の玉を消すと、コメントが滝のように流れていく。



 そんなに驚くことか?



 吹けば飛ぶような精霊力しかないんだから、ちょっと息に精霊の力を乗せれば消せるんだが。



「お前のは魔法ですらない。精霊の声を聞け」



「サブローさん、言ってる意味がちょっと分かんないっす。精霊ってなんすか?」



 は? マジか? そこまで教えないといけないのか!?



 どうなってやがる! 曲がりなりにも魔法モドキを使ってるのに、精霊が分からんだと!?



「本気で言ってるのか? ハイシン用のネタという意味ではなく?」



「全く分かんないっす。ガチで。探索者の講座でも精霊なんて出てこないっすよ!」



「そうなのか?」



「そうなのかって、サブローさんも講義受けてるっすよね?」



「知らん。寝てた記憶しかない」



 俺を見た葵が、盛大なため息を吐く。



 同時にコメント欄も『w』と『草』の文字が大量に流れていった。



 また翻訳の不調か。



 特に『w』が翻訳されず大量に流れていく。



 くそ、また今度精霊のご機嫌取りしてやらんと、この不調は直らなそうだ。



「精霊を見たことも?」



「ないっす。声も聞いたことないし、見たこともないっす」



 葵が、俺を騙そうと嘘を吐いている様子はない。



 嘘を吐くときはだいたい早口でまくし立ててくるので、今の葵の反応を見ると本気らしい。



 難儀な弟子を取ってしまった。



 文句を言ってもしょうがないので、葵の頭に手を置くと、魔法を発動させることにした。

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