Side:氷川ゆいな 混乱するダンジョンスターズ社



 ※氷川ゆいな視点



 三郎様の精霊の存在を映し出した配信は、即座に各国からの反応を引き出した。



 父が会長を務める日本探索者協会が、三郎様の配信に対する対応をいっさいしないため、こちらに問い合わせが殺到し、全スタッフが対応に追われていた。



 自らも日本政府から出向してきた新役員の人たちに対し、三郎さんが配信で見せた精霊についての見解を話している最中だ。



「困ったことになったものだね。我々としてもゆいな君が新体制を固めるまでは、波風が立たないようにするつもりだったが……」



「現代の日本に『精霊』か……。私が若い時だったら笑い飛ばせた話だが、ダンジョンから魔物が排出され、世界が滅亡しかけた現在では笑いたくても笑えない話だな」



「配信にあれだけ映り込んでしまったらなぁ。ごかますこともできん。やれば、また炎上し、今度はゆいな君の首を飛ばさねばならんからな」



 招集された新役員の人たちも、険しい顔付きをかくそうともせず、資料に目を通していた。



「現在、各国の探索者協会から問い合わせが我が社に殺到しております。この件につきましては、業務の妨げとなっており、日本政府を窓口としてもらいたいのですが? お力添え願えますか?」



 こちらの申し出に対し、日本政府から出向してきた役員たちの顔はさらに険しくなった。

 


 特性を持つ探索者は各国でも扱いは様々であり、隔離政策を実施している日本政府はわりと世界各国からの評判が悪い。



「私らからも言ってみるが、政府高官たちは関わりたくない問題だと思うぞ。特にアメリカからの横槍がすごいだろうからね」



 アメリカは魔物との戦争で、大量の死者を出し、国力を損耗し、以前ほどの影響力を持っていないが、それでもその影響力は侮れない。



 対応が遅れると、調査団くらい強引に送り込んでくるかもしれない……。



「そこをなんとか……」



「君にはいろいろと無理を頼んできた日本政府だ。父親の件もあって、同情的な高官も多い。やるだけ、やってみよう」



「お願いいたします」



 精霊問題への対応を新役員の人たちへお願いしていると、室内にけたたましいアラームが響く。



「警報!?」



「た、大変です!」



 女性秘書が血相を変えて、会議室内に駆け込んでくる。



「どうしました?」



「Sランク害獣が、ダンジョン内で転移しました!」



「転移!? いったいどういうことです!?」



 女性秘書が差し出したタブレット端末を受け取ると、画面に視線を落とす。



 三郎様の配信……。



 って!? クリスタルゴーレムがなんで!?



「低層階にクリスタルゴーレムが出現してます! しかも――」



 女性秘書がタブレット端末に触れると、別の配信者の配信録画が再生される。



 そこには、何もなかった場所に光の輪が現れたかと思うと、クリスタルゴーレムが姿を現していた。



「この配信をチェックしたAIが、Sランク害獣の転移を脅威と判定し、警報アラームが鳴りました!」



 こんな事象、今まで一度も観測されたことがなかったのに……。



 エンシェントドラゴンの件といい、今回のクリスタルゴーレムの転移といい、今までとは何かが変わった。



 変わったことと言えば……。



 タブレット端末の動画を閉じ、三郎様のライブ配信に切り替える。



 彼の存在……。



 ダンジョンが彼を脅威として判定し、今までとは違う形の行動を起こしている?



 自分の中に起こった仮説を顔を振って思いっきり否定する。



 そんなことがあるわけない……。



 ダンジョンが意志を持っているなんてことは考え過ぎだ。



 タブレット端末を女性秘書に押し返すと、すぐに指示を出す。



「至急! Sランク探索者を非常呼集! すぐに討伐します! 数が集まらなければわたくしも出ます! これより安全が確保されるまで、ダンジョンの入口は封鎖!」



 指示を出したところで、鳴り続いていた警報が不意に消えた。



「た、大変です! 三郎氏がクリスタルゴーレムを粉砕しました」



 タブレット端末を見ている女性秘書からの言葉に首をひねる。



「言ってる意味が?」



「粉砕です。ふ・ん・さ・い。拳の一撃でクリスタルゴーレムを倒しました」



 女性秘書の発した言葉に新役員の人たちも、首をひねって呆れた顔をする。



「何を言っとるんだね……。クリスタルゴーレムと言ったら、最高強度の固さを持つ魔物のはず。拳で倒せる者などいるわけが――」



「Sランク探索者を組んだチームで、ようやく傷を負わせられ、魔法攻撃も効きにくいクリスタルゴーレムが粉砕されるなど――」



「警報が消えたのは誤作動ではないのかね? 安全管理を徹底しないとまた反ダンジョン探索派に突っ込まれますぞ」



 女性秘書は自らの発言が間違ってないと言いたいらしく、タブレット端末をこちらに見せてくる。



「これ見てください!」



 タブレットの画面には、三郎様が拳でクリスタルゴーレムを粉砕している場面が再生された。



「……!?」



「拳だと!?」



「馬鹿な……」



 映像を見た役員たちも呆気にとられ、言葉を失った。



 特性を持つ探索者とはいえ、拳一つであのクリスタルゴーレムを倒すとは……。



 やはり、彼は人を超えた存在。



「警報解除確認。いちおう、安全のためダンジョンの入口は封鎖したまま、Sランク探索者を集めて一階層の安全確認をさせて。他にも転移した魔物がいるかもしれません」



「承知しました。すぐに対応します」



 女性秘書はタブレット端末を抱えると、会議室から駆け去った。



「ゆいな君、彼は書類だと後天性発症者だとなっているが、これまでの特性保持者とは違い、いろいろと規格外すぎる。どうなっているのかね?」



「それにつきましては、今後、彼から聴き取り調査も予定しております。ですが、気難しい方でして、彼の機嫌を少しでも損ねれば、特別管理地域が灰燼に帰す可能性もあり得ます」



「それは言いすぎだろう?」



「最高強度のアンチマジック対策をした社長室内で、魔法を発動させ、アレを作り出した人ですよ」



 会議室の窓の先に見える巨大クレーターを指差す。



 役員たちの喉が、ツバを飲み込む音を立てた。



「最悪の事態は想定しておかねばならんな。我々は日本政府と話し合ってくる。もちろん、当初頼まれた対応窓口の話をねじ込んでこよう。彼を日本国内で野放しにはできん。できれば、ダンジョンスターズ社で管理してもらえると助かる」



「承知しております」



「では、我々は失礼する!」



 新役員の人たちは、日本政府に三郎様のことを掛け合うため、会議室から足早に立ち去っていった。



 ものすごい剣の腕、圧倒的な魔法の力、そして探索者として見ても他の追随を許さない身体能力。



 全てを兼ね備えた戦闘神とも言うべき存在。



 神には、神に相応しい地位に就いてもらわないと……。



 でも、どうやって三郎様のご機嫌を取るべきか……。



 ふと、チョコバーをおいしそうに食べている三郎様が脳裏に浮かぶ。



 子供みたいなところもある彼を想像したら、頬が緩むのを感じた。



「ふふっ、さすがにチョコバーではダメですよね。もっとちゃんとした条件を提示しなければ」



 手帳を開くと、新たに三郎様の処遇と雇用条件について思いついたことを書き留めていった。

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