第17話 鍛錬日


 翌日、時間通りに葵のアパートを訪れたひよっこを連れ、毎週鍛錬を行っている空き地に向かった。



「サブローさん、ちーっす。今日は警備の仕事休みっすから、ガッツリと鍛錬させてもらうっすよ」



「おつかれっす。今日は葵ちゃんもいるんっすね。隣りは?」



「ゆいなだぁ! 氷川ゆいながいる!」



 空き地にはすでに運動着を着た斎藤仁、誠の兄弟と、泉隆哉の三人がいた。



 彼らはスーパータカミで悪さをしでかした連中で、俺が半殺しにしてから改心させ、人の役に立つよう週1回戦闘指導をしている者たちだ。



 まだ生粋の戦士とまでは言えないが、Sランク探索者と言われてる連中よりは、戦えるように仕上げてある。



「騒ぐな。今日はひよっこ。いや、氷川ゆいなが鍛錬に参加する。プラーナの基礎を教えて欲しいと言われたのでな」



「マジか……。本物だ」



「サブローさんが、エンシェントドラゴンやった時に助けたって話だったけど」



「いきなりプラーナの基礎っすか!? 大丈夫っすかね。アレ、素人がやると3日は動けないっすよ。ま、まさかサブローさん、ゆいなさんを動けなくして――」



 3人はジロジロとひよっこに対し、ぶしつけな視線を送っていた。



 当のひよっこは、3人の視線に恐れる気配を見せず、いつも通りの表情をしたままだった。



「本日は、三郎様の鍛錬に参加させてもらいますので、よろしくお願いします」



「あたしは配信のお手伝いっす。はい、これはゆいなさんに。いちおう、配信者も引退されてるんで、謎のアシスタント探索者おかめちゃんになるっすよ」



「葵さん、これって」



「仮面っす。仮面。視界を妨げないようになってるっす。日本の宝である氷川ゆいなが、配信中に探索者でもない一般人にぼこぼこにされたら、それこそ大問題っすからね。放送事故除けっす」



 葵がひよっこに差し出したのは、『おかめ』と言われる日本特有の仮面だった。



 葵の言うことにも一理あるか。



 3人は正式な探索者でもない一般人だしな。



 それに比べ、ひよっこは日本でトップの探索者だった。



 そんな人物がぼこぼこにされたら、大問題になることは俺でも想像できた。



「サブローししょーも、そっちの御三方もゆいなさんではなく、おかめちゃんでよろしくっす」



「いいっすけど」



「まぁ、さすがに可哀想ですしね」



「うんうん、その方がいい」



 3人ともひよっこに負ける気はないようだ。



「ひよっこ、仮面は付けておいた方がいい。配信しろって言ったのはお前だしな。自分の名誉は自分で守れ」



「サブローさん、きびしー。ゆいなさんも強い方なんすよ」



「サブローさんが強すぎるだけっすけどね。でも、オレらもそこらの探索者ごときに後れはとらないつもりっすよ」



 わずかに表情を変えたひよっこが、手にしたおかめの仮面を無言で付けた。



「準備オッケーっすね。じゃあ、配信開始しまーっす」



 葵が合図を送ってくると、撮影のどろーんが動き出した。



「はい、おつこんばんちわー。サブローチャンネルっす! 前回、スライム討伐をしようとしたら、クリスタルゴーレムを粉砕した。とても、再生数が伸びてます。あざーっす。今日は、趣向を変えて『サブロー式、プラーナ戦闘術基礎講座』をお送りしまーす。今日は案件っすよ。案件! 探索者の方は必見! 探索者じゃない人も必見の神回確定!」



 葵が撮影どろーんに向けて、よく回る口を動かし、状況の説明を進めてくれる。



 俺にはああいったことはやれないので、葵に任せておく方が楽ができた。



「で、本日はゲストがいまーす。謎の新人アシスタント探索者おかめちゃん!」



 撮影どろーんがひよっこの姿を映し出す。



 おかめの仮面と、運動着の組み合わせにより、中身が氷川ゆいなとは分からないようになっていた。



「初めまして。おかめです。本日より、三郎様の弟子兼サブローチャンネルのアシスタント探索者となりました。よろしくお願いします」



 撮影どろーんに対し、綺麗に頭を下げたひよっこは、初々しさを感じさせた。



「今日はアシスタントのおかめちゃんが、サブローししょーのもとでプラーナ式戦闘術の体験をしてもらうっすよ」



 コメントには『ネタ枠アシスタント乙』とか、『おかめちゃん(*´Д`)ハァハァ』といったものが流れている。



 誰も中身が氷川ゆいなだとは気付いていないようだ。



「では、本日はプラーナの説明をさせてもらう。ひよ――じゃない。おかめは心して聞くように」



「はい!」



「だが、その前にその身で体験した方が早いだろう。仁、誠、隆哉やれ。おかめも戦士を目指す者。手加減はいらん」



「「「おっす!」」」



 コメントに『サブローの新しい弟子?』とか、『男はいらん』といったものが流れた。



 最年長の斎藤仁が、プラーナを身体にまとわせる。



 基礎の基礎をようやく使えるようになったくらいだが、それだけでこの世界の探索者たちよりは強い。



「おかめちゃん、わりぃけど、手加減するとオレがサブローさんに詰められるから全力でやらせてもらう」



「どうぞ!」



 ひよっこが構えると、仁の身体がブレた。

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