Side:火村葵視点 推しが犯罪に走った


 

 ※火村葵視点




 あー疲れた……。



 始業式が半日で終わって、そのあとスーパータカミでバイトして、荷物をいっぱい持ってる身体に、ぼろアパートの階段はきついっすね。



 買ってきた食材でサブロししょーの晩御飯の準備もしないと。



 お弁当だけじゃ足りなかっただろうし、またチョコバーのつまみ食いしてそうな気もするっすけど。



 収益分配が停止されてる配信の代金が、早く入金されないっすかね。



 あたしがバテてるのを感じ取ったのか、肩から降りたサラちゃんが、先導するように階段を上がっていく。



 サラちゃんの優しさが身に染みるっすけど、精霊には重さがないんで変わんないっすよね……。



 でも、そんな優しいサラちゃんが好きっス。



 何とか階段を昇りきって、自室の扉の鍵を開け、部屋の中に入る。



「よう、葵。やっと帰ったか、腹減ったぞ」



 台所の椅子にはサブローししょーが座っていて、予想した通り、チョコバーを見つけ出してつまみ食いしている。



「サブローししょー、チョコバーは勝手に――」



「兄様、この食い物は美味じゃのぅ! このような美味いがこちらの世界にはあるのか!」



 見慣れたサブローししょーの隣に、見慣れない物体の存在を確認する。



 目を凝らすと、どう見ても10代未満の幼い女の子が、チョコバーの袋の中身を口に運んでもぐもぐしていた。



 ついにやらかしてしまった……。



 サブローししょー、ちょっと常識外れのところがあると思ってたけど、犯罪だけはしないって思ってたのに。



 やってしまいましたよ。言い逃れのできない犯罪行為を……。



「サブローししょー、ちょっといいっすか?」



「ん? なんだ? 腹が減ってるから手短に頼むぞ。今日はわりと仕事したから、晩飯も早めに頼む」



 何でもないみたいな顔してるっすけど、もうアウトっすよ。



 せめてもの情けで、推しに自首する機会は作ってあげないと。



「サブローししょー、くどくは言いたくないっすから、ズバっと言うっす」



「ああ、早くしろ」



 焦った様子をいっさいみせないサブローししょーだけど……。



 犯罪行為だって理解してないんだろうか……。



 それともPTSDの記憶障害が人格にまで影響してるんすかね。



 深く深呼吸し、腹を括ると、師匠の犯罪行為を告発することにした。



「その子、どこから攫ってきたんですか! 勝手に連れてきたら犯罪っすよ。犯罪!」



 サブローししょーの隣の椅子に座り、チョコバーのチョコで口元を汚した幼女を指差した。



 あたしに犯罪行為を指摘されたサブローししょーが、笑いを堪え始める。



「なんで、笑ってるんすか! ししょーが、犯罪行為をしてるのを弟子のあたしが見逃すわけには――」



「そこの女。妾はシュッテンバイン=リンネ=アルベドの妹エーリカなのじゃ! 指を差すでない!」



 幼女は気分を害したようで、あたしの指先を振り払った。



 シュッテンバイン=リンネ=アルベドってたしか、サブローししょーのいつも言ってる名前?



 攫ってきた幼女にまでそんな話を……。



 笑いを堪えているサブローししょーに対し、厳しい視線を向けた。



「犯罪なわけないだろうが。俺が、俺の妹とチョコバーを食って何が悪い」



「サブローししょー! 観念してください! 今なら情状酌量が付くようにあたしが掛け合いますからっ!」



 笑いを堪えていたサブローししょーの手を掴み、最寄りの警察署へ連れて行こうと引っ張る。



 けれど、体格の差でびくともしなかった。



「兄様、この女は完全に兄様のことを犯罪者だと思っておるようじゃ」



「落ち着け、葵。妹のエーリカも呆れてるぞ。俺の便宜上の妹だ」



 エーリカと言われた幼女がニコリと笑う。



「本当に妹っすか?」



「そうじゃ、兄様が世話になっておるようじゃな」



 マジもんの妹っすか? 全然似てないっす!



 妹さん、明らかに外人っぽい容姿なんすけど!



「便宜上だからな。血は繋がってないぞ」



「酷いのじゃ! 妾は兄様に会うために次元を超えてきたというのに!」



「本当に本当っすか?」



「しつこいのう。頭の悪い女にもう一度言ってやろう。妾はシュッテンバイン=リンネ=アルベドの妹エーリカじゃ」



 これはマジもんの表情っすね……。



 2人であたしを担いでるってことはなさそう。



 つまり、サブローししょーの妹!?



「し、失礼しました! あたしは火村葵っす。サブローししょーの弟子をしてます!」



「うむ、苦しゅうない」



「住む場所がなくてな。とりあえず、ひよっこと話し合ってここで保護することになった」



「は? 今なんて?」



 うちで保護とか言われた気がするんすけど。



 今ですら、サブローししょーの食費でキツキツなのに、幼女とは言え、妹さんの面倒まで見るとなると、生活費が――



「とりあえず、ひよっこの仕事をしたバイト代だ。妹が迷惑をかけると思うが、受け取れ」



 サブローしょしょーが分厚い茶封筒をテーブルの上に置いた。



 受け取って中身を確認する。



 チーズケーキバー? なにゆえ? これがバイト代?



「食い扶持は自分で稼いできたぞ。飯はマダかー」



「妾も腹が空いたのじゃー。兄様が葵の飯は絶品だと褒めておったから楽しみなのじゃー!」



「え? え? 意味がちょっと分かんないんっすけど! ちょっとサブローししょーちゃんと説明してくださいっす!」



「飯を食わせろー。その時に説明する」



「めしーなのじゃ!」



 もしかしてだけど、もしかしてだけど、サブローししょーの妹もあたしが養うってことっすか?



 いやいやいや、聞いてないっす!



 あたしは、チーズケーキバーとかで買収されないっすよ!



 その後、なんとか話を聞き出そうと善戦したが、サブローししょーとエーリカちゃんのご飯作れ圧に負け、晩御飯の準備を始めることになった。

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