第13話 スライムの恐怖



 ダンジョンの中を進むと、光源が減り、周囲が薄暗くなり始める。



「光精よ。煌めく星々となりて、一隅を照らし出さん。輝け、星辰輝煌ステラ・ルクス!」



 手のひらから飛び立った光を放つ球たちが、周囲を明るく照らし出す。



「すごいっすね。ドローンのライティングいらないくらい明るいっすよ」



「光源はダンジョン探索には必須だからな。俺は気配で敵が感じ取れるが、お前やハイシンを見てるやつらには見えないだろ?」



「サブローさんが視聴者さんへ配慮してる! 成長してるっすよ!」



 コメントに『あざす』、『優しい』、『光源が多く、映りがいい配信は良配信』といったものが流れていく。



 みんな満足してるようだな。




 すーぱーちゃっとをくれた引退探索者もこれで満足してくれただろう。




 戦士として、依頼料に当たる2000円分の仕事はきっちりとせねばならん。




 光源を強化し、ダンジョンを進むと、暗がりの奥から最大の宿敵が姿を現した。



 定まった形を持たず、人を一瞬で溶かす溶解液を持ち、人をその身に取り込んで栄養とし、剣で切れば、剣をサビさせるだけでなく自ら分裂し、魔法を撃ち込めば魔力を吸収して巨大に成長するという最強最悪の魔物。




「と、止まれ! やつが出た! ここは俺が防いで時間を稼ぐ!葵は、退避! 配信は中止だ!」



「サブローさん、落ち着いてくださいよ。スライムっすよ。スライム」



「ああ、だから、早く退避しろ! 死にたいのか! 俺の防護魔法もあいつ相手だとどれだけもつか分からん!」



 コメント欄は『出た! スライム全力おっさん』、『安定のサブロー』、『ガチで言ってる?』といったものが乱舞する。



 見てるやつらもスライムのヤバさを知らなさすぎるだろっ!



 やつを倒すためには、ハイシンなんてしている余裕はない。



「大丈夫っす。サラちゃんとお話しできるようになって、強力な魔法を覚えたあたしは、無敵っすからねー。スライムくらい余裕っすよ」



「師匠の指示に従え! 葵!」



 葵が俺の忠告を聞かず、肩に載っているサラマンダーの力を借りて、魔法の詠唱を始めた。



「火精よ。燃え盛る炎の槍となり、我が手に宿れ! 火槍ファイアスピア



「馬鹿! そんな低位な魔法を撃ち込んだら、あいつに刺激を与えるようなものだぞ! やめろ!」



 手に現れた炎の槍を掴むと、葵は勢いよくスライムに向かって投げつけた。



「死にたいのかっ! お前はっ!」



 俺は葵の放った低位の魔法に刺激され、劇的な巨大化をされても取り込まれないよう、彼女を抱きかかえ考える最高速度で、その場を去る。



 撤退中もコメント欄には終始『w』と『草』と『ネタ枠』という文字が流れていく。



 葵が刺激をしたせいで、一撃で倒し切れないスライムが活性化してしまえば、この前のエンシェントドラゴンなんていう雑魚とは比べ物にならないくらいの大惨事が起きるというのに!



「サブローししょー、人前で抱っこされるのは、あたしも乙女としては恥ずかしいわけで。それに配信切れてないっすよ」



 どろーんは、葵を抱っこして逃げる俺を追ってきている。



「今はそれどころじゃない! ダンジョンにいる探索者たちに退避命令を出すよう、ひよっこに連絡しろ! この前の比じゃない死人が出るぞ!」



「サブローししょー。止まって! 止まってください! スライムはあたしが倒してますから」



「そんなわけないだろう! あんな低位の魔法でやつが倒せるわけが――」



 抱きかかえてる葵が、俺の頬に指先を当てて、口角を無理やり上げる。



「はいはい、どうどう。落ち着いて―、えがおー。慌てるとせっかくのイケメンが台無しっすよ」



 コメント欄へいっせいに『変顔キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』、『顔芸職人』、『空気よめ』といったものが流れていく。



「はい、落ち着いたっすね。はい、首はこちらー」



 葵が両手で俺の顔を掴むと、スライムのいた方向へ向けた。



 そこには、俺を追尾してきたどろーんしかいない。



「馬鹿なっ!? そんなことが!?」



「はいはい、今きた道を戻ってくださいっす。戻って、戻ってー」



「危ないだろうが! 絶対に倒しきれているわけがない!」



「もしスライムが生き残ってたら、ヤベーやつだと思うんで、サブローししょーにお任せするっす」



 素人のくせに、ちょっと魔法が使えるようになったからと言って、謎の自信を見せやがって……。



 あのスライムが、そんな簡単にくたばるわけがないんだ。



 コメント欄には『スライム全力おっさん、弟子に抵抗を試みる』や『葵たんの爆炎でスライム蒸発死確定!』といったものが流れる。



 視聴者を納得させるには、やつがそう簡単に死ぬやつじゃないってことを証明してやらないといけないのか。



 難儀なことだ。



「ふー、しょうがない。戻ってやるが、油断するな。あいつが生きてるなら、周囲に危険を伝え逃げる。いいな!」



「しょーちっす。はい、戻りましょー」



 息を整え、今一度神経を集中させると、ゆっくりと元いた場所に向かっても戻る。



 俺の近くを飛び回る光の球が、周囲を明るく照らし出す。



 葵が火槍を放ったダンジョンの床には、何も残されていなかった。



 急いで周囲を見回し、隠れたと思われるやつの存在が近くにないかを確かめる。



「あちゃー、威力がまだ強すぎて、魔核ごと消し炭にしちゃったみたいっすねー」



「違う! 隠れたんだ! そこらへんに潜んでいるはずだ! 油断するな!」



「いやいや、違うっす。あたしの魔法が強すぎて、スライムが素材ごと蒸発しちゃったんすよー」



「んなわけがあるかっ! お前程度の魔法でやつを倒せるわけがない!」



「いや、だから何回も言ってますけど、スライムは最弱の魔物で――」



 葵の背後に何かが動く気配を感じた。


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