第3話 至福の朝食



「サブローさん、起きてっす! 今日はあたしの学校も休みになったし、ダンジョン探索は事故処理中で禁止らしいっすから、スーパーでの買い出しのお手伝いっすよ!」



 戦士としての生活をしてきて身に付いた習性から、身体を揺すられたことで、即座に頭が覚醒する。



 目を開けると、家主の顔が近くにあった。



 火村葵。寝床として借りている部屋の借主で、謎の魔法陣によって、この世界に飛ばされた俺が一番最初に出会った住民だ。



 歳は17。



 今は『こうこうせい』という身分で、週のほとんどを『がっこう』というところに通って勉学に励んでいる。



 肩まである燃えるように赤い頭髪を後ろでまとめ、華やかな輝きを持ち、洗練された美しさが溢れた顔をした小柄で華奢な若い女性。



 出会った時はそう思った。



 だが、その外見とは裏腹に、口はよく回るようで、止まることなく喋り続ける女であったのだ。



「戦士は、いついかなる時も戦えるよう身体を休めるのも仕事――」



「はいはい、そういう言い訳はいいから、起きて顔洗ってくださいっす。もう、ご飯できてますから。ほら、起きて」



 葵が俺の被っていた布団を剥ぎ取ってくる。



 寝床を間借りしている弱みがあるとはいえ、戦士の俺をまるで奴隷のように扱う葵には困った。



 昨日、スライムを退治するのに全魔力を使い果たしているため、まだ完全に魔力は回復しきっていないのだが……。


 

 葵に布団を剥ぎ取られたことで、魔力の回復と身体を休ませるのを断念した俺は、立ち上がって伸びをする。



「ふー、しょうがない。飯にするとしよう」



「早く顔洗ってくださいっす。お味噌汁が冷めるっすよ」



「はいはい、分かった。分かった」



 洗面台に向かい、顔を洗うと、葵が用意してくれた朝食を食べることにした。



 海苔、焼き魚、味噌汁、ごはん、漬物。



 葵の作る食事は、もと居た世界の食事に比べてかなり美味い。



 その味に半年以上慣らされたこともあり、いろいろと酷い扱いを受けながらも、この寝床を去るのをためらう自分がいた。



 箸を手に取ると、いつものようにごはんが盛られた椀を持ち、至福の食事を楽しむ。



「サブローさん、お箸の持ち方が上手くなったっすね。最初は使いこなせなかったっすからねー」



「まぁ、半年も訓練すれば、戦士の中の戦士である勇者に任じられた俺ができないことなどない!」



「じゃあ、ちゃんと食器洗って片しておいてくださいっすね。あたしは、出かける前に洗濯物干しておくので、よろっす!」



「承知した。食器の片づけは得意だ。任せておけ」



 葵は洗濯カゴを抱えると、ベランダに出て、洗濯物を干し始める。



 いきなり異世界に飛ばされ、葵に出会い、成り行きでこの部屋に住むことなったが、彼女がいなければ、比類なき戦闘力を誇る俺でも生活習慣の異なる異世界でまともな生活を送ることができぬまま野垂れ死んでいただろう。



 感謝はしているが、あの口数の多さはどうにかならんものか……。



 考え事をしながら焼き魚を骨ごと頬張り、咀嚼しながら味噌汁を流し込む。



 めしの旨味が勝り、脳みそが葵の口数の多さを考えることを拒否した。



「はぁ~、めしうま」



 おっといけない。戦士たる者、食事くらいで気を抜いてはいけない。



 蕩けそうになった表情を引き締めると、残りの食事をじっくりと味わう。



 食事を終え、食器を洗い終えると、自室として与えられている部屋に戻り着替えをする。



 与えられている衣服は、葵の趣味であるが、わりと薄手の服が多く、防御力は心もとない。



 葵からはダンジョン以外で刀剣類や防具の携行は禁止されていると聞かされているが、外で魔物と戦うことになった時のことを考えると、もう少し急所が守れる物が欲しいと思っている。



 ダンジョンで稼いだ金で、買うという手段もあるらしいが、あのダンジョンは最強の魔物スライムの排出する魔核をもってしても生活の足しにならぬような金額。



 素材換金時の手数料による中抜きが相当酷いようなので、葵の言う探索者で一攫千金を成し遂げるのは相当な努力と、さらなる戦闘力の強化が必要のようだ。



 他の仕事よりか、戦士としての力を使える探索業の方が、性に合うので頑張らねばならん。



「サブローさん、用意できたっすかー」



「ああ、できたぞ」



「今日の目的はこれですから、よろしくっす!」



 特売情報が映し出された『すまほ』をこちらに見せてきた。



 えっと、スーパータカミの徳用豚ロース大容量2キロパックか。



 肉はいい。最近、夕食に肉がなかったので、これは必ず手に入れねばならない。



「記憶した! 逃すことはない」



「オッケーっす! じゃあ、出発!」



 俺と葵は、特売品を手に入れるべく意気揚々とアパートの部屋を出て、スーパータカミへ向かった。

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