3-8 シルヴェスターの求愛(1)

 クラウディアを連れて自らの執務室に戻ったシルヴェスターは、ドアを開けておくからと再び応接室でクラウディアと2人きりになった。

 ドアを開けていてもそのドアの死角になる場所にクラウディアを誘導し、先ほど宣言していた通りクラウディアを抱きしめた。

「ディア…ディア…」

 シルヴェスターがクラウディアを呼ぶ声は切ないものだった。

「君に何事も無くて良かった… 君に何かあったら私は……」

「シル様、心配しすぎですわ。今日は不意打ちされたのではなく計画的な襲撃でしたし、魔術をたくさん使うことも覚悟しておりましたので、本当にどこも何ともありませんわ」

「それでもだ。私の大切な女性を危険な目に遭わせたくはない」

「……あの、大切な女性とは……?」

「ん?ディアのことに決まっているだろう。私はもうディアを妹として見ることはできない。

 一人の男として、ディアを一人の女性として愛しているよ」

「え……?」

「私たちはもう子供ではない。デビュタントの日にも言ったね。「兄様」と付けずに私のことを呼んで欲しいと。

 それは、私が兄ではなく、一人の男としてディアを愛しているからだ」

「シル様……」

 

 クラウディアは驚愕に目を見開いた。

 そんなクラウディアの前にシルヴェスターは片膝をついて跪くと、そっとクラウディアの右手を取りその甲に唇を落とした。

「クラウディア・フォン・シュタインベック公爵令嬢。正式に申し込む。どうか私と結婚してくれないだろうか。

 私はディアを守れた試しがない。いつもディアに守られてばかりだ。そんな情けない男だが、それでも誰にもディアを取られたくないんだ」

 突然のシルヴェスターのプロポーズにクラウディアは頭の中が真っ白になった。

 シルヴェスターに返答するどころではない。とにかく王太子殿下を跪かせたままではいけないと無理やり口を開いた。

「シル様…、どうかお顔をお上げになって、お立ち上がりください。王太子殿下が跪くなどと……」

 シルヴェスターはゆっくり立ち上がると、再びクラウディアを抱きしめた。

「ディア、すまない。ディアには晴天の霹靂だったね。でも私の気持ちは変わらない。男としてディアを愛していることも結婚したいと思っていることもだ」

「シル様……わたくしは……」

 クラウディアは酷く混乱したまま、シルヴェスターを見上げた。

「ディア、分かっているよ。きみがまだ私を兄ではなく、一人の男としてみることができないことはね」

「シル様…」

「それでもどうか考えてみてくれないか。女性として、男としての私を愛せるかどうかを。

 そんなに沢山の時間は与えてあげられないけれどね」

「シル様。もしわたくしが貴方を一人の殿方としてみることができたら、貴方に恋をしても良いのですか?」

「勿論。私はそれを望んでいるよ」

「……恋をしても良いなんて、夢を見ているみたいですわ。

 わたくしは、ずっと結婚はお父様の勧めに従うものだと思っておりました。わたくしの魔術師としての立場を考えると国王陛下の御意向にも従うものだと……

 恋なんて夢物語か書物の中の出来事だとばかり……」

「ディア… 小さいころからそんな風に考えていたのかい?」

「ええ。筆頭公爵家の一人娘ですもの。そこにわたくしの希望は反映されませんわ。ですから恋をすること自体諦めていました」

「本当のことを言うとね、国王陛下と王妃陛下から私にディアを娶るよう打診があったんだよ。国王陛下が宰相に話を通すとね。

 だが、私はそれを拒絶した。ディアとは相思相愛になって結婚したいと思っていたから」

「シル様…」

 クラウディアはそっとシルヴェスターの胸に頭を預けるようにしてみた。

 その胸はクラウディアを包み込むように広くて、服の上からでも分かるくらい固く引き締まっていた。

 そしてクラウディアは初めて、もうシルヴェスターも自分ももう子供ではないと実感できたのだった。

 子供の頃からシルヴェスターにはよく抱きしめてもらった。

 歳の近いヒュベルトゥスやプラティニと喧嘩した時などは特にだ。シルヴェスターに抱きしめられて宥められた。

 その時と今とでは、シルヴェスターを別人と思えてしまう程違うのだと感じた。


 そして、クラウディアは一つの答えを出した。

「シル様。お言葉に甘えて、少々お時間を下さいませ。

 シル様は真摯にわたくしに向き合ってくださいました。わたくしも同じようにシル様のことを考えたいのです」

 シルヴェスターは笑って頷いた。

「私はディアに私のことを愛してもらいたいが、だからと言ってそれは強制できるものではないし、忖度する必要もない。

 私のことだけでなく、ディアが本当に幸せになれる相手は誰なのかじっくり考えて欲しい。

 そしてできればその中から、私を選んで欲しい」

「はい。シル様」

 そう言って微笑んだクラウディアの顔は女性のそれだった。


 ◆ ◆ ◆

 

 そして、時を同じくして東の国境であるドロスト山脈の向こう側の帝国、ステイグリッツ帝国より一通の書状が王宮に届いていた。

そこには、準王族であり筆頭公爵家の長女クラウディア・フォン・シュタインベックをステイグリッツ帝国の皇太子イヴァン・ステイグリッツの妃として迎えたい旨が記載されていた。

 

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