2-5 秘密

 クラウディアがシルヴェスターとダンスを踊っている間、ギルベルトは他のご令嬢に囲まれダンスを申し込まれていた。

「申し訳ない。今日は妹の付き添いでね。誰とも踊るつもりはないんだ」

 そう言ってご令嬢たちからのダンスを断わり女性たちを遠ざけていると、シュタインベック家の次男ディートリヒ、三男ヒュベルトゥス、第二王子ビンセント=クリスチャン、第三王子プラティニが集まってきた。


「あーあ、これはもう決まりかなー」

 クラウディアとシルヴェスターのダンスを見ながらそうつぶやいたのはヒュベルトゥスだった。

「そうだね。シルの気持ちははっきりしている。でもディアにはあまり通じていなさそうだね」

 ギルベルトがそう評すると「そうだな」と第二王子ビンセントが頷いた。

「あとはいつディアが兄上の気持ちと自分の気持ちに気が付くかだけだ」

「そうだね」

「でも私はこれで良かったと思っている。ディアには早く兄上の気持ちに気付いてあげて欲しい」

「えー、僕もディアが大好きなのに、いつもシル兄上が持って行っちゃう」

「プラティニ。僕も同じ気持ちだよ。だけど……」

「プラティニ。私もシル兄上も、お前だってディアが他所へ嫁ぐことなど考えたことはないだろう?」

「それはそうだけど……」

「私だってディアを欲しいと思う気持ちが無いわけではない。

 だが、王太子である兄上……将来国王になる兄上に釣り合う姫君はディアしかいないとも思うのだ。

 だからこれで良かったと言っているのだよ」

「だけど、ビンス兄上、相手がシル兄上なら王太子妃や王妃って言う義務も付いてきてディアが大変になるだけじゃないか。

 確かに僕もシル兄上に釣り合うご令嬢が他にいるなんて思えないけどさ」

「ディアにならこなせるさ。それだけの教育を受けてきていることを私たちは見てきただろう?」

「っち!」

「ディー、舌打ちしても仕方ないだろう。いくらディアを溺愛していてもお前たちは血の繋がった本当の兄妹だ。結婚はできない。」

「言われなくても分かっているさ。そんなこと!確かに俺たちは血が繋がった兄妹だ。

 だが、ディアと結婚できないからと言って、ギル兄上は他のご令嬢と結婚できるのか?

 ビンスだってどうなんだよ」

「私は王族としての義務を果たすだけだ。ディア以外ならそこに感情はいらない」

「まあ、そうだね。義務で結婚するか、あるいは独身を貫いて親族から適当な男子を養子にもらって家を継がせるか…

 でも結婚したとしても私の一番は変わらずディアだから、相手のご令嬢に失礼かもしれない。

 なら、結婚しないで丸く収める方法を探したほうが良いのかもしれないね。」

「俺だってディア以外ならそうだ。なら、ディアもどこにも嫁がせず、兄妹四人仲良く暮らせばいいじゃないか」

「ちょっと、ディー兄上。落ち着いて。気持ちは分かるけど極論が過ぎるよ。ディアに女性としての幸せを放棄しろとでも言うの?」

「兄妹四人仲良く暮らしていけば、それで幸せじゃないか!シル兄上の気持ちになんて、ディアは一生気が付かなくて良いんだ!」

「とにかく落ち着け。ディー。兄妹愛と男女の恋情は違う。守る愛と奪う愛も違う。それを一生ディアに知らずに過ごせとでも言うつもりか」

「ビンス……だって……」

「「だって」ってお前な。これじゃ、ディーとヒューとどちらが年上なのか分からないな」

「まったくね。ディー、ビンスの言うように私たちじゃディアに与えてあげられないものもあるんだよ」

「ギル兄上まで……」

「私の一番はディアだ。それでもね、血が繋がっている以上どうにもできないこともある。

 癪だけどシルなら安心してディアを任せられると言う思いもある。

 まぁ、ディアを悲しませたり、泣かせたり、苦労させたりしたら火魔術の一発でもお見舞いしてやるけどね」

「なら、そこに僕の風魔術も足して業火で焼き尽くしてあげようか」

「……ギル兄上もヒューもそのくらいにしておけ。相手は一国の王太子だ。冗談でも言って良い言葉ではない」

「はいはい、分かっているよ。でもディアを娶るにはそのくらいの覚悟が必要ってことかな」

「ああ……ディアを娶るのに相応の覚悟を求めるのは私も一緒だ」


 ◆ ◆ ◆


 残された兄弟たちがそんな話をしているとダンスの終わった二人がこちらに戻ってきた。

 シルヴェスターは、ギルベルトを見やると

「約束通り、今日はマナー通りディアをお返しするよ」

「ああ」

 シルヴェスターからクラウディアを受け取ったギルベルトが、クラウディアを覗き込みながら「楽しかったかい?」と声をかけた。

 クラウディアは頬を赤らめ微笑しながら「はい」と答えたが、「心ここにあらず」と言った様子だった。

 簡単に内心を読み取らせることがないよう仕込まれているクラウディアが、舞踏会と言う公式の場で呆けた態度を表に出すなど尋常ではない。

 それだけシルヴェスターからのアプローチが強烈だったということなのだろうか。

 少し心配になりながら、ギルベルトはクラウディアの髪を崩さないように気を付けながらそっと撫でた。


「さて、それでは次は私が申し込ませてもらおうかな。クラウディア嬢一曲お相手願えますか」

 そう言って右腕を差し出したのは第二王子ビンセントだった。

「ディア、どうする?」

「…………」

「ディア?……ディア?どうかしたのかい?気分が悪い?」

「あっ お兄様……」

 何度かギルベルトに声を掛けられ、クラウディアはハッとしたように我に返った。

「申し訳ありません。少し熱気に中てられていたようですわ。

 ビンスお兄様、大変失礼をいたしました。もちろんご一緒させてくださいませ」

 クラウディアはカーテシーの礼を取ると、ビンセントの腕に手を添えた。

 

 フロアの中央に出ると、ビンセントがクラウディアをのぞき込むように話しかけた。

「ディア、ずいぶん楽しそうだったけど兄上とどんな話をしていたんだい?」

 先ほどの兄弟たちの会話の中で一番大人な意見を言っていたビンセントだが、シルヴェスターとの関係が気にならないわけではない。

 ダンスという近距離を利用してそれとなく尋ねてみた。

「それは……ふふ、秘密ですわ」

 ディアはなんとなくそう答えた。先ほどの会話は兄弟や幼馴染といえど誰にも知られたくないと思えた。特に殿方には。

 話せるとしたら、母か、祖母か、乳母のエレーヌか、乳姉妹で侍女のキャロラインか。

 でもなんだか女性同士でも気恥ずかしい気がする。

「あれ?いつからディアは私に対して秘密主義になったのかな?」

「もう!ビンスお兄様は意地悪ですわ。わたくしもデビューしましたのよ。秘密の1つや2つくらいございますわ」

「……そうだね。ディアももう一人前のレディなんだよね」

 クラウディアは笑みを深くした。

 その様はビンセントにとっては衝撃的だった。

 今まで何でも話してくれたクラウディアが先ほどの兄との会話を教えてくれないのだ。

 こんなことは初めてで、足元がぐらつくような気分を味わった。

 先ほどディートリヒが兄妹4人仲良く暮らせば良いと言っていたが、夢を見ているのは男たちだけで、女性であるクラウディアは、まだ何も意識していないようでも根っこの部分では現実的なのかも知れなかった。

 そのあと、第三王子プラティニ、二番目の兄ディートリヒ、三番目の兄ヒュベルトゥスと続いて踊り、皆が皆、ビンセントと同じ質問をしたが、クラウディアは結局誰にもシルヴェスターとの会話の内容を話さなかった。


 幼馴染の王子たちや兄弟とのダンスが一段落すると、先ほど紹介されたギルベルトの同僚たちからもダンスを申し込まれた。

 女好きでお調子者のグラシアノ・フォン・タールバッハやシュテファン・フォン・リーメルトが申し込んでくるのは予想済みだったが、神経質で人見知りなところがあるクルト・フォン・ツェンガーや、無骨で寡黙なフォルカー・フォン・リーベルスまで混ざってくるとはギルベルトにも意外だった。

 クラウディアは4人の申し込みにも快く応じ、幼馴染、兄弟と併せて合計10人とダンスを踊ることになった。


 そんなクラウディアを先ほどギルベルトに追い払われたご令嬢方が苦々しく睨みつけていた。

 血の繋がったシュタインベック家の兄弟とのダンスはともかく、王太子を筆頭に第二王子、第三王子とも踊り、その次は王太子の側近からの申し込みである。

 特に女性に人気のあるグラシアノやシュテファンからも誘われている様を見てハンカチーフを噛みしめ引き裂きかねないご令嬢もいた。

 クラウディアには幼いころから心を許せる同性の友人がいなかった。

 幼少時から時々王宮で開かれる同年代の子供たちを集めたお茶会でもクラウディアはシュタインベック家の兄たちや王子たちと一緒にいた。

 女の子に話しかけてみようとしたこともあるが、須らくすべからく敵意の眼差しを向けられた。

 真正面から「あれだけ殿下方やお兄様方に囲まれているのですもの。同性のお友達など必要ございませんでしょう」と言われたこともある。

 また、こっそりと魔術を使用してクラウディアにいたずらを仕掛けようとする者さえ出てくる始末である。

 もっともクラウディアは見た目に反して負けず嫌いな面もあるので、魔術を仕掛けようとする者を寸前で察知し、避けたり倍返しで魔術をお見舞いしたりしていた。

 クラウディアの良いところは、そうやっていじめに遭ったことを兄や王子たちに告げ口せず全部自分で対処していたことだ。

 そんな事が何度も続くうちに、周りのご令嬢方が尻込みするようになってしまった。これは相手にならないと幼いながらに感じ取ったのだろう。

 そうすると今度はクラウディアに擦り寄ろうとする者が増え出した。親からの指示もあるのだろうが、クラウディアの機嫌を取っておいた方が益になると判断した者が多数出たのだ。

 そんな手の平を返したかのようなご令嬢方の態度に、クラウディアは不信感しか抱けなかった。兄たちや王子たちがいなかったら人間不信に陥っていただろう。

 それからクラウディアはご令嬢方とは付かず離れず表面だけのお愛想の付き合いを続けていた。

 これも王家と懇意にしている筆頭公爵家の長女であり、6属性魔術の持ち主ともなれば仕方ないとクラウディアは諦めいていた。

 ちなみに、シュタインベック家の親族のご令嬢もクラウディアに近寄る影で、ギルベルトやディートリヒ、ヒュベルトゥスに取り入ろうとする様が見え隠れしていたので、こちらも信用することはできなかった。

 そんなクラウディアの状況に兄たちや王子たちが気付かない訳がない。クラウディアが助けを求めてこない以上、こちらから何か言う事はしなかったが、その分よりクラウディアを溺愛するようになったのだった。

 

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