2-6 パウル=ハインツ・フォン・ウェンデル乱入
最後のフォルカーとのダンスを終え、ギルベルトの所に戻ってくると、クラウディアはそっとギルベルトの袖を引いた。
「…お兄様、少し……」
10人と立て続けに踊ったクラウディアは、さすがに頬を紅潮させ息を切らせている。
「ああ、そうだね。すまないディア。そろそろ休憩しよう」
グラシアノたちと別れ、王子たちと兄妹とで控室に下がろうとしたところ、別の者から声がかかった。
「やあ、シュタインベック公爵令嬢。デビュタントおめでとう」
「パウル=ハインツ・フォン・ウェンデル!」
声をかけてきた者からクラウディアの姿を隠そうと素早くシルヴェスターとギルベルトが立ちふさがった。
他の4名もクラウディアを守るように左右、後方を囲むように立つ。
パウルとは幼少時から数回顔を合わせたことがあるが、クラウディアは彼のことがどうしても苦手だった。
クラウディアに向ける敵愾心と蛇のような執着心の入り混じった瞳が怖気が立つほど気味が悪い。
「どんな時でも淑女として感情を見せず冷静に振るまえ」と教え込まれているクラウディアが彼の前でだけはそれが実践できなかった。
今もダンスで紅潮させていた頬を一気に青ざめさせ、ギルベルトの背中にしがみつくようにして震えている。
「何用かな。ウェンデル公爵令息」
シルヴェスターがそう声をかけると、パウルは水色と桃色のヘテロクロミアの瞳にぞっとするような笑みを浮かべた。
「何用か…とは王太子殿下と言えど酷い言いようですな。今日はシュタインベック公爵令嬢のデビュタントでしょう。
記念に1曲お願いしたいと思い、声をかけさせていただいたのですよ」
ギルベルトの背中でクラウディアが震えながら首を横に振っている。
「申し訳ないがウェンデル公爵令息。クラウディアは少々気分を害しているようだ。今日はご遠慮願いたい」
「あっ!?」
ギルベルトがそう断るのと同時にパウルから複数の黒の闇魔術、所謂精神操作魔術が飛んできた。
クラウディアを守る男性陣には自死を、クラウディアには自分の許に来るようにと。
間一髪で気が付いたクラウディアが白の光魔術と闇魔術で結界を張り、パウルの魔術を粉砕する。
「っち!」
もう一度仕掛けようとしたところで、シルヴェスターの近衛隊隊長パトリツ・フォン・ヴェークマンから冷静な声がかかった。
「そこまでにされよ。ウェンデル卿。王宮内での魔術の無断使用は厳罰対象。
それは魔術を司るウェンデル公爵家と言えど変わらない。
このまま貴族牢に入れられたくなければ、この場は立ち去るのがよろしかろう」
「それは失念しておりましたな。失礼をした。シュタインベック公爵令嬢、ではまたの機会に」
そう言い残してパウルは辞していったが、クラウディアは結界を張り続けている。
3王子たちも3兄弟も3つから4つの魔術を顕現させているが、光と闇の魔術を使える者は今この場ではクラウディアだけだ。
パウルは遠距離からでも黒の闇魔術を放つことができるから、彼が現れたからには一瞬たりとも気が抜けない。
クラウディアの青ざめた顔がさらに紙のように白くなっている。
「とにかく控室に下がろう。これではクラウディアが倒れてしまう」
「ああ、そうだな」
シルヴェスターがクラウディアの肩を抱き、ギルベルトが手をつないで控室へ誘導した。残りの4人もその後をついていく。
用意されていた控室には、王宮の女官が3人配置されていたが、その3人を見てクラウディアが目を丸くした。
「あなた方……」
クラウディアが慌てて3人の女官に向けて白の光魔術を放つと、3人はその場に頽れた。
「!?」
「どうした!?」
「こちらの3人にはウェンデル公爵令息の闇魔法がかけられ、精神操作されていたようです。今解除しました」
「なんだと!? パトリツ、この者たちを早く医務室へ。無論見張りも付けておけ!」
「はっ!!」
パトリツと近衛騎士たちが動き出すと同時に、クラウディアが声を上げた。
「そこのお茶に触れてはいけません。どうやら毒入りのようです」
白黒水、風、光、闇の魔法を使い咄嗟に成分分析したのだ。
「茶の類は成分分析に回せ。これは王家とシュタインベック公爵家への謀反だ。慎重に対処せよ。
それから、別の控室を用意させろ。早くクラウディアを休ませたい」
王太子の命を受け、新たに近衛騎士たちが部屋から出ていく。
クラウディアはそこまでが限界だったようで、シルヴェスターにもたれかかるようにして目を閉じていた。
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