2-4 ダンスは優雅に

 国王夫妻と王太子への挨拶が終われば、国王と王妃のファーストダンスだ。

 大広間を2人だけで舞うその姿は、大国ギルネキアの国王夫妻にふさわしい、堂々としたものだった。

 また、互いを見つめあうその瞳は深い親愛の情が宿っており、2人の仲の良さを遺憾なく示していた。


 ファーストダンスが終われば次はデビュタントのダンスだ。

 ギルベルトはクラウディアの前で両足を揃えて綺麗なお辞儀をすると、

「クラウディア嬢、私と1曲踊ってくださいますか」

 と言い、右腕を差し出した。

 クラウディアは、「喜んで」と頷き、ギルベルトの差し出した右腕に左手を絡ませた。

 少し緊張気味のクラウディアをギルベルトはホールの中央までエスコートすると、同時にワルツの楽曲が奏でられ始めた。

 二人はダンスの型をとり、音楽に合わせて優雅に踊りだす。

「ディア、緊張している?」

 ギルベルトが少しからかうようにクラウディアの薄紫色の瞳をのぞき込む。

「ええ、少し。でも楽しいですわ。ありがとうございます。ギルベルトお兄様」

 クラウディアはこの日を本当に楽しみにしていたのだろう。

 緊張していると言っているがそんな様子は微塵も感じさせずにギルベルトのリードに乗り優雅にワルツのステップを踏む。

 表情も柔らかで、少し紅潮している。

「楽しいなら良かった。クラウディアはダンスの練習も人一倍頑張ってきたものね」

「それはもう。シュタインベック家の娘がダンスが出来ないなんて通りませんわ。

 家庭教師の先生も厳しかったですし、お母様やお祖母様の特訓もきつかったですけれど、この日のことを思えば頑張った甲斐がありましたわ」

 ギルベルトがそれとなく周りを見回してみると、クラウディアのダンステクニックは他のデビュタントのご令嬢より頭一つ飛び抜けている。

 それにデビュタントではない観衆も二人のダンスに注目しているようだ。

「ディアは本当に綺麗になったね。こうしてデビュタントのパートナーを務めさせてもらえて私も光栄だよ」

「まあ、お兄様ったら。わたくしにお世辞をおっしゃっても何も出ませんわよ」

「お世辞なんかじゃないよ。あの小さかったディアが、こんなに素敵なレディになったんだ。兄として鼻が高いよ」

「ふふ。またお兄様ったら」

 クラウディアは大好きなギルベルト以外目に入らないと言った有様でダンスに興じている。

 それに答えるようにギルベルトも目の中に入れても痛くないほど溺愛している妹を見つめ続けた。

 楽しい時間はあっという間だ。二人ともこの上なく優雅にダンスを踊り終え、壁際に下がった。


「さあ、ここからは無礼講だ。皆、今年のシーズンの開幕を楽しんででくれ」

 国王がそう宣言すると、王太子が早速壇上がら降りてきて、クラウディアの方へ向かってきた。

 先ほどの挨拶の場では、シルヴェスターが直接クラウディアにダンスを申し込み、クラウディアも直接答えてしまっていたが、今回はマナー通りにまずシルヴェスターはギルベルトへとダンスの申し込みを行った。

「ギルベルト卿。クラウディア嬢をダンスにお誘いしてもよろしいですかな」

 ギルベルトはクラウディアに「どうする?」と聞き、クラウディアは「もちろん喜んで」と了承した。

 ギルベルトからクラウディアを譲り受けたシルヴェスターは、クラウディアをエスコートしてフロアに出ていく。

 シーズンの幕開けを告げるワルツは少し難易度の高いものだが、幼少期からダンスを叩き込まれてきたクラウディアには問題ない。

 優雅にシルヴェスターのリードと音楽に乗りステップを踏む。

 なんとなく視線を感じて顔を上げると、こちらを見つめるシルヴェスターの瞳とぶつかった。

 

「シルお兄様?」

「ディア……デビュタントおめでとう。あの小さかったディアが成人したんだね」

「ふふ、そうですわね。シルお兄様ありがとうございます」

「ディア……成人を機に一つお願いがあるんだけどいいかな?」

「まあ、なんですの?」

「シルと呼んでほしい。「お兄様」は付けずに」

「え……シルお兄様はもうわたくしのお兄様でいてくださらないのですか」

 寂し気にクラウディアが問いかけると、シルヴェスターは首を横に振った。

「そういう意味じゃないんだよ。私はね、ディア、ディアが成人したらもっと別の存在になりたいと思っていたんだよ」

「別の存在ですか?」

「そう、一人の男としてね。だから「お兄様」はもう付けずに「シル」と呼んでくれないかい?」

 クラウディアにはシルヴェスターの言っている意味が半分以上分からなかった。

 それにシルヴェスターの雰囲気がいつもと違うことに遅れ馳せながら今更気付いた。

 笑顔は変わらない。王家の兄弟とシュタインベック家の兄弟たちといる時だけに見せる本当の笑顔だ。

 だが、瞳が違う。熱い焔が宿るかのような危険な瞳だった。

 クラウディアはその瞳に驚きと少しの恐怖を感じ、しかしながら引き付けられてやまなかった。

 シルヴェスターの瞳に絆されたようにクラウディアは少しかすれた声を発した。

「「お兄様」と付けずにお呼びしたら、これからもわたくしの傍にいてくださいますか?」

「もちろん」

「……では承りましたわ。「シル…殿下」」

「殿下は嫌だな」

「……「シル…様」?」

 これが限界と言うように頬を赤らめながら、クラウディアはシルヴェスターをそう呼んだ。

 シルヴェスターは嬉しそうに笑うと、

「本当は二人だけの時なら、「様」もいらないんだけどね。でもまあ、今のディアにはこれが精一杯かな」

「……はい。それに…シル様を呼び捨てなどと恐れ多くて……」

「ディアだけには「シル」と敬称も何も付けずに呼んでもらいたい。これは私の我儘だけどね。

 私はずっとディアの傍にいるよ。だからいつか「シル」と呼んでおくれ」

「………」

 「どんな時でも淑女として感情を見せず冷静に振るまえ」と教えられてきたクラウディアだが、シルヴェスターの熱い焔を宿した眼差しの前に、頭に血が昇ってしまいもう何も考えられず、小さな声で「はい」と答えることしかできなかった。

 頭は何も考えられなくなっていても体は習った通りに優雅にステップを踏む。

 クラウディアは一つのミスもなくワルツを踊りきると、シルヴェスターのエスコートでギルベルトの許に戻った。



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