2-3 国王一家へのご挨拶

 その後も彼らとの雑談に興じていると、華やかなファンファーレが鳴り響いた。

 国王一家のご入場である。

 女性はカーテシーで、男性はボウ・アンド・スクレープの姿勢を取り、頭を下げた。

 国王と王妃が壇上の玉座の前にたち、国王の左隣に王太子が並ぶ。

 第二、第三王子は一段下の位置に並んだ。

「皆、今日はよく集まってくれた。シーズンの始まりをこのような形で迎えられることを嬉しく思う。

 そして今日はデビュタントも兼ねている。成人を迎える少女たちに幸多からんことを皆で願おうではないか。」

 そう国王が開会の挨拶を行うと、集まった貴族たちはカーテシーやボウ・アンド・スクレープの姿勢を解き盛大な拍手をもって国王の挨拶を歓迎したのだ。


 国王のギュンター・フォン・ギレネキアは、宰相でありシュタインベック家当主クラウディアの父のウーヴェとは従兄弟ある。

 公平で、貴族の横暴には目を光らせつつ、平民保護に努める良い国王である。

 王妃のクレメンティア・フォン・ギルネキアは旧姓をクレメンティア・フランツィスカ・ツィルマーと言い、ギルネキア王国と大河ロワール川を挟んだ対岸にある南の国ツィルマー王国の元第一王女である。

 ツィルマー王国とギルネキア王国との和平のための完全な政略結構であったが、夫婦仲は良好である。


 国王と王妃、王太子がそれぞれ椅子に座ると、デビュタントを迎えた少女たちの挨拶が始まる。

 挨拶は地位の低いものから順に行われていく。

 今日の夜会の出席者は伯爵家以上に限定されているから、伯爵家内の序列に従い少女たちとそのエスコート者が並び、その後ろに侯爵家の者、その後ろに公爵家の者が続く。

 筆頭公爵家の長女であるクラウディアは当然最後尾だ。

 少女たちは事前に教えられた通り壇上に上がると国王夫妻に挨拶し、王妃から白薔薇の髪飾りを髪に挿してもらう。

 国王夫妻への挨拶が終われば静かに御前を失礼して、次に王太子殿下に挨拶を行う。


 シルヴェスター・フォン・ギレネキア王太子殿下は、24歳。ギルベルトと同い年で幼いころからの親友兼悪友でもある。

 銀髪碧眼で長身、細身に見えるが近衛騎士団とも渡り合えるだけの魔術、剣術、体術を身に付けている。

 文武両道であり王太子として非常に有能である。また、国王として将来を嘱望されてもいる。


 そんな王太子が少女たちにもてない訳がない。

 ある者は顔を真っ赤にし、またある者は国王夫妻に対面した時より熱心に王太子に挨拶をしている。

 そんな少女たちをシルヴェスターは淡い笑顔で受け流しながら、内心では苦笑いしていた。


 そうこうしているうちに、最後クラウディアの番が回ってきた。

 ギルベルトにエスコートされ、一段下の位置にいる第二王子ビンセント=クリスチャンと第三王子プラティニに会釈をし、壇上に上がる。

 国王夫妻の前に進み出ると、

「ご機嫌麗しゅうございます。国王陛下、王妃陛下」

 と挨拶を行った。通常の少女であれば、「お初にお目にかかります」なのだが、クラウディアのシュタインベック家と王家はクラウディアが幼少の頃からの家族ぐるみの付き合いなので、これが初対面ではない。

 なにせ王妃のクレメンティアがクラウディアのデビュタントのドレス制作に関わっているくらいである。

 国王は相好を崩し、

「ディアか。素敵なレディに成長したな。大変喜ばしく思うぞ」

 と親しげに声をかけ、王妃も

「ディア、そのドレスとっても似合っているわ。ビルギットたちと考えに考え抜いた甲斐があったわね。

 さあ、薔薇の花飾りを付けてあげるわ。こちらにいらっしゃい」

 と通常よりも傍に呼び、白薔薇の花飾りを髪に挿した。

「立派なレディよ。今日は楽しんで行ってね。ほら、シルヴェスターがお待ちかねよ」


 国王夫妻の御前を静かに辞すと、今度は王太子シルヴェスターに挨拶を行う。

「ご機嫌麗しゅうございます。シルヴェスター王太子殿下」

 シルヴェスターも国王に負けず劣らず相好を崩して、お愛想ではない本当の笑顔を浮かべた。

「ディア……待っていたよ。とっても素敵だ。この会場にいるどのご令嬢よりも美しい」

「まあ、殿下、お世辞がすぎますわ」

「私は世辞など言わないよ。君が一番美しいと思うのは掛け値なしの本音だ。私以外の誰にも見せたくないと思ってしまう程にね」

「ふふ、殿下ったら。相変わらずですわね」

 クラウディアに対する独占欲は、シュタインベック家の3兄弟も王家の3兄弟も同じように強いが、中でも際立っていたのは長兄のギルベルトと王太子シルヴェスターだった。

 クラウディアが一番懐いていたのも遠因かもしれない。

 クラウディアは王太子の発言を幼少時と同じものととらえて返答しているが、シルヴェスターはそうではない。

 本当に幼いころはただの妹として可愛がっていた。

 だがクラウディアが徐々に素敵なレディに成長していくにつれ、シルヴェスターは自分の気持ちが妹に向ける親愛ではなく一人の女性に向ける恋情だと気付いていった。

 今も顔は笑顔だが、その瞳は笑っておらず、恋慕の焔が色濃く出ている。

「後で私とダンスを踊ってくれるか?」

「ええ、殿下、喜んで」

 クラウディアとのダンスの約束を取り付けるとシルヴェスターは益々笑みを深くした。

「シル。今日のディアのパートナーは私だ。私の許可なくディアを誘わないでくれるかな」

 ギルベルトはシルヴェスターの恋情に気付き、苦笑いを浮かべながらもそう牽制をした。

「そう固いことを言うな、ギル。私とディアの仲だ。ディアの晴れ舞台に一曲踊るのは当然じゃないか。

 それにディアも了承してくれたぞ」

 そう、先にクラウディアが承諾してしまったので、ギルベルトが何を言っても今更だ。

 ただし、クラウディアにとっては幼少時からの続きであり、大好きなもう一人の兄であるシルヴェスターに申し込まれたら断ると言う選択肢など存在していないと言うだけなのだ。

「はいはい、分かったよ。ただし無茶はするなよ。お前とディアは同じじゃない」

 クラウディアには良く意味の分からない言葉だったが、シルヴェスターは正確にギルベルトの言いたいことを理解した。

「かえって無茶をしても良いんだけどね。ディアの評判に瑕を付けるわけにはいかないから、そこは自制するよ」

「分かっていれば良いんだ」

 他の令嬢方より少し長めの挨拶を行い、クラウディアとギルベルトは王太子の御前を辞した。

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