2-2 王宮

 馬車が王宮に着くと、会場となる大広間までギルベルトのエスコートで歩く。

 大きな扉の前で近衛兵に名前を告げると、近衛兵は扉を開きながら声を張り上げた。

「クラウディア・フォン・シュタインベック公爵令嬢、およびギルベルト・フォン・シュタインベック公爵令息ご入場です!」

 近衛兵の声が響いた途端、ざわついていた会場内が一瞬静寂に包まれる。

 会場内の人間が一斉にクラウディアとギルベルトに注目し、次いで興奮を増したざわめきが戻ってくる。

「まあ、シュタインベック家の……」

「ギルベルト様、相変わらず素敵ですわ」

「本当ですわね。どうにかしてお近づきになれないかしら…」

「さすがシュタインベック家のご令嬢ね。とてもお綺麗だわ」

「あのドレスも素敵ね。よく似合っているらっしゃる」

 会場の反応にクラウディアがギクリとして一瞬足を止めそうになるが、ギルベルトが大丈夫と言うように自身の腕に添えられているクラウディアの手を逆の手で一瞬撫で、足を止めずに会場の中央まで入っていった。


「父上たちもすぐに来ると思うけど、それまで少し私の同僚に挨拶するかい?」

 少しばかり渋々と言った体もあるが、ギルベルトの同僚と言う事は王太子殿下に仕える側近たちだ。

 さすがに身元はしっかりしているし、本人たちの資質にも認めるのは癪であるが問題はない。

 しかも王太子であるシルヴェスター・フォン・ギレネキアがなかなか結婚しないことから側近たちも独身のままだ。

 王太子の結婚に合わせて自身も結婚し、彼らの子供世代も友好関係を築けるようタイミングを計っているのだ。

 クラウディアが微かに頷いたのを確認すると、ギルベルトは彼らが集まる方へ足を向けた。


 クラウディアを連れて同僚たちの輪に加わると、ギルベルトは自分の左手側から時計回りに紹介していった。

「こちらから、クルト・フォン・ツェンガー、グラシアノ・フォン・タールバッハ、シュテファン・フォン・リーメルト、フォルカー・フォン・リーベルスだよ。このメンバーでいつも王太子殿下のお世話をしているんだ」

 ギルベルトはおどけるように片眼をつむった。

 グラシアノとシュテファンはシルヴェスターとギルベルトに次いで女性に人気があるらしい。

「パトリツは…殿下に付いてるか」

「ああ、そうだな、今日はまだ見かけていない」

 シュテファンがそう答えると、他の者たちも頷いた。


「それより、早くそちらの素敵なレディを紹介してくれよ」

 グラシアノが興味深そうにクラウディアに視線を向けながら、ギルベルトをせかした。

「はいはい、分かってるよ。こちらは私の妹でクラウディア・フォン・シュタインベック。

 今日デビュタントだ」

 クラウディアは一度ギルベルトを見上げ確認を取ると、そっとエスコートの手を放し、流れるように美しいカーテシーを披露した。

「シュタインベック公爵ウーヴェが長女、クラウディア・フォン・シュタインベックと申します。

 以降お見知りおきくださいませ」

 クラウディアが柔らかく微笑みを浮かべると、兄と同年代のいい年をした青年たちがまるで少年のように顔を赤くさせた。

 その様子にクラウディアは首を傾げ、ギルベルトは「だから、あまり紹介したくなかったんだがな…」とぼそりと呟いていた。

「クラウディアに妙なちょっかいかけるなよ。父も私も黙っていないからな。

 それに、殿下が……いや、なんでもない」

 ギルベルトは何かを言いかけて、結局は口を濁したが、グラシアノやシュテファンにはなんとなくギルベルトが言いかけた言葉の続きが分かるような気がした。

(ほう、彼女がね……)

(殿下が今の今まで婚約者を決めなかった原因かな?)

「まあそう言うなって。クラウディア嬢、後でダンスを申し込んでもよろしいですかな?」

 ギルベルトの苦言にも王太子の想いの片鱗にも頓着せずにグラシアノがそう声をかけた。

「そうそう、デビュタントで壁の花なんて気の毒だよ。私とも踊っていただけますか?」

 シュテファンもそう言って追従する。

 クラウディアは微笑みを浮かべたまま、しかし内心はちょっと困り気味にギルベルトを見上げた。

 ギルベルトは一つ溜息をつくと、

「……今日は特別だからな。まあ、時間があれば相手をしてやってくれ。」

 と答えたが、内心では、

(うちの弟たちも踊りたがっているし、何より王太子殿下を筆頭に第二、第三王子も踊りたいと言い出すだろう。

 はたして他とも踊る時間があるのだろうか。

 だが今日は一生に一度のデビュタントだしな。兄弟や幼馴染だけでなく、気になる男がいるのなら今日だけは大目に見て躍らせてやっても良いのかもしれない)

 と、狭量なんだか寛容なんだかわからない想いを渦巻かせていた。

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