7-3 翌朝

 クラウディアが目を覚ますと、目の前にシルヴェスターの顔があり、愛おし気な瞳でクラウディアを見つめていた。

「シル様……おはようございます…………」

「ディア、おはよう。身体は大丈夫?」

「…………ちょっと変な感じです。だるいと言いますか違和感があると言いますか…………」

「ごめんね。ディアは初めてなのに、無理させ過ぎたかな?」

「いえ…………」

 クラウディアは赤くなって俯いた。

「ディア、あのね。昨日のあれを閨事って言うんだよ。ずっと続けていればいつかディアのここにディアと私の赤子が宿る」

 そういって、シルヴェスターはクラウディアの腹部に手を当てた。

「シル様の赤ちゃんがここに?」

 クラウディアはシルヴェスターの手に己の手を重ねた。

「シル様の赤ちゃん、来てくれたら嬉しいですわ。あ…………でも婚約式も結婚式も未だなのに赤ちゃんが来てしまったら、順番が違うと怒られてしまいますわね」

「まぁ、一応陛下と王妃陛下、小母上はディアと私が婚約式前に閨事をすることを許してくれているからね。大きな問題にはならないと思うよ」

「そうですか…………」

 クラウディアはほっとしたように微笑んだ。

「ディア、あのさ…………私に抱かれるの嫌じゃなかった?」

「あ…………あの、恥ずかしいですけれど嫌ではないです。シル様とならドキドキもしますが、安心もできて…………」

「そうか。良かった。心配だったんだ。ディアはあいつに怖い目にあわされているから、私のことも嫌だったり怖かったりしたらどうしようって」

「シル様は特別ですわ。は、恥ずかしいだけで嫌なことも怖いこともございません。でもきっと他の殿方に同じことをされるのは耐えられないと思います。シル様だけですわ」

 クラウディアは頬を赤らめながら正直な気持ちを話した。

「うん。良かった。私もディアだけだよ」

「…………それは、側妃は娶られないということですか?…………あ、ごめんなさい。出過ぎたことを申しました」

「ディアが私の妃になってくれるんだ。側妃なんて初めから考えていないよ」

「本当は喜んだりしたらいけないのでしょうけれど、シル様がそうお考えになってくださっていて嬉しいですわ」


「ところで、シル様…………わたくしはなぜシーツでぐるぐる巻きなのでしょう?」

「あ――、えっと、昨日ディアの服脱がせちゃったから。それに朝からディアの裸を見たら冷静でいられる自信ないし」

 シルヴェスターは頬をぽりぽりと搔きながら弁解した。

 クラウディアは全身にシーツを巻き付けられた姿だ。シルヴェスターは下半身にシーツを巻いて、上半身は裸でいる。

 クラウディアはシルヴェスターにも上半身までシーツを巻き付けていてほしかった。薄暗い中でもシルヴェスターの素肌は滑らかで、細身ながらしっかりと筋肉が付いているのが分かる。それはクラウディアにとっても目の毒だった。

「エレーヌが起こしに来た時に、ちょうど抱いている途中だったら大目玉食らいそうだし」

「まぁ」

「だってそうだろう?昨日だって丸々一晩眠り続けたディアが起きた途端に抱いて、無理させちゃった訳だし」

 それだけでもエレーヌに叱られるとシルヴェスターは今更ながら頭を抱えている。

 クラウディアはそんなシルヴェスターに首を傾げて見せた。

「エレーヌなら、きっと喜んでくれると思いますわ。わたくしが起きたことも、シル様と閨事をしたことも」

「確かにね」

 確かにエレーヌなら、クラウディアに対しては、目覚めたことも、シルヴェスターと一線を越えたこともクラウディアが嫌がっていない限り喜ぶだろう。その反動でシルヴェスターには嫌味が飛んでくるのが目に見えていた。


 そんな話をしていると、時間通りにエレーヌがシルヴェスターを起こしに来た。

「シルヴェスター王太子殿下、ご起床の時間でございますよ。カーテンを開けますね」

 天蓋からかけられているカーテンを開けて入ってきたエレーヌはそこに広がる光景をみて絶句した後、数秒おいて涙を流し始めた。

「お、お嬢様…………お目覚めになられたのですね。ようございました。このエレーヌ、どれだけ心配したことか…………」

「ごめんなさい。エレーヌ。わたくしはもう大丈夫ですわ」

「ええ、ええ、…………本当にようございました。…………ところで、そのお姿はどうなさいました?」

 一段低くなった声で、エレーヌはシルヴェスターを睨みつけた。

「まあ、何と言うかエレーヌの想像通りかな。うん」

「まさか、お目覚めになられたばかりのお嬢様を無理やり…………」

「無理やりではないよ。一応合意の上だ。ね、ディア?」

「は、はい…………」

 クラウディアが顔から火が出そうなほど赤くなっている。

「もしや、最後までなさいましたか?」

 エレーヌの問いにシルヴェスターはばつの悪い顔をした。

「まあ、さすがに色々ありすぎて歯止めが効かなかったな」

「本来であれば、おめでとうございます…………と申し上げる場面なのですが、殿下、時と場合をお考え下さいまし。あのような大怪我を負い、丸1日お目覚めにならなかったお嬢様になんてことを…………」

「エレーヌ。言いたいことは分かるけどそこまでだ。昨夜契りを交わした件、私は誰にも謝らないよ」

「殿下…………」

「ディアを奴の懐に潜らせること自体私は反対だった。それを強行された挙句、ディアがどうなっと思う?私はねそれを提案したプラティニも許可した陛下と宰相にも腹を立てている。だが、私の腕の中でディアが目を覚ましてくれた時、どれだけ嬉しかったか分かるかい?ディアは私の腕の中は安心すると言ってくれた。お祖母様の粋な計らいも喜んでくれた。そんな状態で自制など出来る訳が無い。それに謝ったりしたら私を受け入れてくれたディアに失礼だろう?」

 シルヴェスターの言葉にエレーヌは深々と頭を下げた。

「殿下、申し訳ございません。出過ぎた事を申しました。お許しください」

「いいよ。エレーヌがディアを思って言っていることは分かっているからね。それよりディアのことを頼む。湯あみをさせて、何か消化の良い物を食べさせてあげて。私は謁見式の準備があるから自室に戻る」

 謁見式と言う言葉にクラウディアが首を傾げた。

「ああ、奴の処分とディアへの賠償を決めるために帝国から使者が来るんだよ。そうだ、ディア、ディアは帝国から欲しいものは無い?」

「…………魔道具を。帝国では魔道具を作成する技術が進んでいると伺いました。あの方がギルネキア王国へ来訪されたのも空間転移の魔道具を使用されてのことだと。私が夜会の大広間からあの中庭に転移したのもその魔道具のせいです。他にどんな魔道具があるのかは分かりかねますが、きっと彼らが持つ魔道具の中には我が国の役に立つ物もござましょう。魔道具の貿易が出来れば我が国の民たちの生活も便利になるのではないかと」

「ディア、こんな時まで国民の生活まで考えなくても良いんだよ。あくまでディアへの賠償なのだからね」

「…………わたくしには帝国から欲しいものなどございませんわ。あの方が二度と私の前に現れなければそれで構いません」

「そうか。分かったよ。今日はディアはゆっくりしていて。お祖母様や小母上も登城される予定だし、お茶でも楽しむと良い」

「はい。ありがとうございます」

 シルヴェスターはクラウディアの唇に口づけを落とすと部屋を出て行った。


「さあ、お嬢様、湯あみをなさいましょう」

 クラウディアはシーツでぐるぐる巻きの状態のまま寝台から立ち上がろうとして、べたっと床に座り込んでしまった。

「あ、あら?」

「あらあら、まあまあ。お嬢様、足腰に違和感はおありですか?」

「違和感というか、力が入らないみたい」

「まあ、殿下も初めてのお嬢様にここまで無茶をなさるとは…………」

「あの…………お願い、エレーヌ。シル様のことを悪く言わないで。わたくしは昨夜幸せだったのよ。シル様の腕の中で目覚めたことも、シル様に閨事を教えられたことも。だからね。お願い」

「お嬢様…………かしこまりました。エレーヌもこれ以上何も申しませんわ。それより困りましたね。その状態のお嬢様を侍女だけで浴室へお運びしようとすれば、どこかお怪我をさせてしまうかもしれませんし、護衛騎士にそのお姿を見せるの論外。もう一度殿下を呼んで参りますわ」

 エレーヌは寝室の反対側の扉をノックし、出てきた侍従に状況を説明し、まだ部屋にいたシルヴェスターを呼び出した。

 床に座り込んだままのクラウディアを見て、シルヴェスターは苦笑いした。

「ごめんね。ディア。昨日は本当に無茶をさせ過ぎたみたいだ。今、浴室へ連れて行くからね」

 シルヴェスターはクラウディアを軽々と横抱きにすると、浴室へ移動し、備え付けられているベンチに座らせた。

「エレーヌ、後は任せても大丈夫?」

「はい、かしこまりました」

「じゃあ、後は頼んだよ」

 そう言ってシルヴェスターは浴室を後にした。


「今キャリーたちを呼んで参りますね。しばらくお待ちくださいませ。皆お嬢様がお目覚めになったと知ったら大喜びしますよ」

 そう言って一旦浴室を出たエレーヌは、キャロラインたち4人を連れて戻ってきた。

 浴室に入ってきたキャロラインもフランカたちも、クラウディアが目を覚ましてすぐそこに座っていることに涙を流して喜んだ。

「お嬢様。どれだけ心配したことか。いくら国王陛下や旦那様のご命令と言えど、無茶をなさるのも大概になさいまし」

 泣きながらお小言を言ってくるのはキャロラインだ。

「ごめんなさい。キャリー。心配をかけてしまったわね」

 キャロラインは座り込んで、クラウディアの膝元に縋りつくようにして泣いている。

 そんなキャロラインの髪をクラウディアは優しく撫でた。


「さあ、お嬢様にご入浴いたただきましょう」

 キャロラインたちはクラウディアが自分たちが着替えさせたネグリジェではなく、シーツを身体にぐるぐる巻きつけていることに疑問を覚えたが、入浴のためにそのシーツをはがしていくうちに何があったのか気が付いた。

「お嬢様。もしやシルヴェスター殿下と…………」

 キャロラインの問いにクラウディアは頬を赤く染めて頷いた。

「ええ……」

「それはおめでとうございます」

「「「おめでとうございます」」」

 キャロラインばかりかフランカたちも祝いの言葉を贈る。

 クラウディアはますます赤くなった。

「殿下はそれはもう心配をされていて。殿下ご自身がどうにかなってしまうのではないかと見ているこちらがハラハラしたものですわ」

「クラウディア様がお目覚めになられたことが余程嬉しかったのでしょうね。赤い跡がこんなに」

 マルレーネが残してくれた元々あった胸付近の跡に加えて、首筋やデコルテにも跡がたくさん散っている。

 フランカもペトラも笑顔で頷き合った。

「クラウディア様は今、お幸せですか?怖かったことや嫌だったこと、全て殿下に上塗りしていただけました?」

 いつもはきゃぴきゃぴと冗談めかして話すことが多いエリカが、意外に真剣な表情で尋ねる。

「ええ。幸せですわ。シル様の腕の中は本当に幸せよ…………」

「それはようございました」

 そう言ってエリカも笑顔になった。

 キャロラインたちもクラウディアが1人で立って歩けないのには驚いたが、横から支えて湯舟まで連れていき、身を清めさせた。

 

 

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