5-11 侍女と近衛騎士と
クレメンティア王妃が落とした超特大の火球で男性陣(国王とシルヴェスターを除く)の心を焼け野原にしたところで家族会議(?)は終了した。
イヴァン・ステイグリッツの襲撃を聞いて、シュタインベック家へ急行したシルヴェスターやギルベルトを筆頭に男性陣はそれぞれ仕事が残っている。各々自分の執務室へ戻っていった。
宰相のウーヴェは妻のビルギットを馬車止めまでエスコートし、
最後まで応接室に残ったシルヴェスターはクラウディアの髪を撫でながら、
「私はまだ仕事があるから、ディアはさっき案内された部屋へ戻っていてね。初日から申し訳ないけど、夕食を共にできるか分からないから、母上と一緒に食べて。
あとは、暫定的にディアの護衛として私付きの近衛騎士からコンラートとあと4人ほど回すから。それにさっきのジャックを合わせて6人体制を取るからね。何かあったら彼らに言うんだよ。
母上、ディアをよろしくお願いします」
と言うと、頬に軽く口づけを落として部屋を出て行った。
シルヴェスターの口付けに頬を真っ赤に染めたクラウディアをクレメンティアは愛おしそうに見つめ、「あらあら、可愛らしいこと。若い子は良いわね」と宣った。
「さあ、お部屋へ行きましょうか。ディア付きの侍女も待機させているから。みんな選りすぐりの良い娘だから安心してね」
「はい、ありがとうございます」
先ほどの部屋へ戻ると、乳母のエレーヌ、乳姉妹のキャロラインの他に近衛騎士が6人と侍女が4人待機していた。
「まずは侍女を紹介するわね。こちらの女性はハイデマリー・フォン・ビエルデ伯爵夫人。この王宮の侍女長よ。今後何かと顔を合わせることになるから、覚えておいてね」
「かしこまりました」
「クラウディア様、ハイデマリー・フォン・ビエルデと申します。どうぞお見知りおきくださいませ。何か困ったことがございましたらご遠慮なく私にご相談くださいませね」
「ビエルデ伯爵夫人、よろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げようとしたクラウディアをハイデマリーは止めた。
「礼儀正しいのは良いことですが、王太子妃になる方が侍女に頭を下げてはなりませんよ。ご実家の使用人たちに接するのと同じようになさってくださいまし。私のこともハイデマリーとお呼びください」
ハイデマリー・フォン・ビエルデは若草色の髪と瞳を持つきりっとした女性だった。将来王太子妃になるクラウディアに媚びることも委縮することもなく堂々と意見を述べる。頼りになりそうな女性だった。
「よろしくお願いしますね。ハイデマリー。
「かしこまりました。クラウディア様。こちらの3人がクラウディア様の侍女となる予定の娘たちです。こちらからフランカ、ペトラ、
エリカです。皆ご挨拶なさい」
「「「よろしくお見知りおきくださいませ。クラウディア様」」」
「フランカ、ペトラ、エリカ、よろしくお願いいたしますね」
「護衛騎士は私から紹介させていただきましょう。先日ウェンデル公爵家の件でご一緒させていただきましたね。シルヴェスター王太子殿下付き近衛隊の副隊長を務めておりますコンラート・フォン・プロイセンです。この度王太子殿下のご命令でクラウディア様付きの近衛隊隊長を拝命いたしました。よろしくお願いいたします。こちらの4人は私の部下で、同じくクラウディア様付きの近衛騎士を任じられました。こちらから、サーシャ、ダフィット、カール、ラルフです。最後の1人は既にお顔合わせしていると伺っておりますが、ジャック・フォン・シュミットです。この6名でクラウディア様の護衛を務めさせていただきます」
「よろしくお願いしますね。コンラート。頼りにしております」
「先日のウェンデル公爵家の件では、近衛騎士よりもよほどクラウディア様のほうがお強いと思いましたので、護衛と言っても形ばかりにならないか心配ですがね」
コンラートは苦笑いしながら頬を掻いた。
「そのようなことはございませんわ。本日の一件では
そう答えるクラウディアは震えているようだった。シルヴェスターに甘やかされ、宥められても、心に植え付けられた恐怖はそう簡単には取り除けない。今も同じ王宮内に居るとは言え、シルヴェスターが傍にいないことが不安で仕方なかった。
護衛は扉の外にサーシャとダフィット、ジャックが残り、コンラートをはじめほかの騎士は明日の警備の打ち合わせがあるとかで、シルヴェスターの執務室へ戻って行った。
侍女は大きな式典や夜会が無い限り、3人態勢でクラウディアのお世話をするとのことだったが、今日は5人全員が傍についている。
クラウディアのことは良く知るが、王宮に不慣れなエレーヌとキャロライン、逆に王宮のことには詳しいが、クラウディアには今日初めて会ったフランカ、ペトラ、エリカ。互いの情報交換をするために5人残っている。
「さあ、クラウディア様、お召し物を楽なものに着替えましょうか。夕食までそう時間もございませんから、夕食の席に出られるお召し物にいたしましょう」
王宮から派遣された侍女の中では一番年上のフランカがそう提案し、ペトラとエリカ、キャロラインが楽し気に衣裳部屋へ走った。
その間にエレーヌとフランカで今着ているドレスを脱がせ、一度化粧を落としたり、髪をゆったりとした型に結いなおす。
ペトラたちが選んできたのは、スクエアネックのエンパイアラインで花柄のレースの半そでが付いたドレスだった。勿論色は碧系統のグラデーションになっている。
「クラウディア様、こちらなどいかがでしょう?」
ペトラたちがわくわくした様子でクラウディアの反応をうかがっている。
クラウディアは内心「ここでもその色なのか」と恥ずかしくなりながらも笑顔で頷いた。
「ありがとう。とても好きなドレスですわ」
「さすがは王宮の侍女の方ですね。キャリーは何も口を出しておりませんのに、見事にお嬢様のお好みをついていますわ」
「あらあら、それは頼もしいですわね。これからもよろしくお願いいたしますね」
「勿論ですわ!」
エリカが
クラウディアは夜会などでどうしても必要とならない限り決して豪奢な衣装をねだったりすることは無いが、それでも年頃の女の子である。エレーヌを除き、歳の近い侍女たちが付いてくれているので、衣装の話などを楽しくできることは嬉しかった。
薄く化粧を施すと、キャロラインがお茶を入れてくれ、丸いティーテーブルに案内された。
「お嬢様。今日は色々ありすぎて、ゆっくりとお茶をなさる時間もございませんでしたでしょう?お夕食の時間まで少しお休みください」
確かにそうだ。朝からイヴァンに
クラウディアがお茶を飲みながら、ぼおっと今日1日の出来事を回想しているのを侍女たちは壁際に下がって静かに見つめていた。
クラウディアを一人にせず、同じリビングにいてくれるのがありがたい。シルヴェスターがいない不安は相変わらず消えないが、同じ室内に侍女がいてくれるだけでもありがたかった。
そうしてやっと落ち着いた時間を取れたクラウディアの許に、シルヴェスターからの手紙が届けられた。
中には「今日はまだ仕事が残っていて抜けられない。申し訳ないけど、夕食は母上と食べてね。明日も謁見式や夜会で忙しいから先に寝てくれて構わない。初日から1人にしてしまってごめん」と書かれていた。
手紙を読んだクラウディアが落ち込んだ表情を見せると、すかさず乳母のエレーヌが傍に寄ってきた。
「お嬢様。シルヴェスター殿下はなんと?」
クラウディアが手紙の内容を話すとエレーヌも残念そうに溜息をついた。エレーヌや他の侍女もシルヴェスターと一緒にいれないことを寂しく思って落ち込んでいるのだろうと思っているが(それはそれで間違いでもないのだが)、根本的な問題はそこではなかった。
「そうではないのよ。エレーヌ。怒涛のような1日だったのはシル様も一緒でしょう?明日謁見式や夜会で忙しいのも同じ。なのにシル様は今もお仕事をされていて、お夕食も摂られるかわからないわ。それに引き換え
「クラウディア様はお優しいのですわね」
微笑しながら口をはさんだのはフランカだ。
「ですが、今クラウディア様に必要なのは休養と、きちんとしたお食事ではございませんか?明日に備えるのも大切なお仕事だと思いましてよ」
「その通りですわ。クラウディア様。何より女性と殿方とでは体力も違います。果たすべき責務も違うと思いますわ」
「殿下のお手紙の通りになさらないと、殿下にご心配をおかけすることになってしまいますわ」
ペトラもエリカも自分の思うところをしっかりと主張した。
「お嬢様。頼もしい侍女の方が3名も付いてくださって、ようございましたね。エレーヌが
「…………そうね。
「いえ、出過ぎたことを申しました。申し訳ございません」
「謝らないでね。フランカ。貴女たちの助言は正しいわ」
そうこうしているうちに、侍従が夕食の時間だと呼びに来た。
フランカとキャロラインに付き添われて、王家の一家が私的に利用する食堂へ案内された。
ペトラとエリカとエレーヌは部屋に残って湯あみや就寝の準備をしている。
食堂では本当に王妃と2人きりだった。国王もシルヴェスターもビンセントもプラティニも余程忙しいのか、顔を出すことすら無かった。
クレメンティアはクラウディアの好きな食べ物をよく覚えていて、今日の食卓にはそれらがずらりと並んでいた。
クレメンティアが張り切って厨房に用意させたため、多すぎて完食することはできなかったが、彼女との夕食は話題も尽きず楽しいものだった。
食後の紅茶を飲み干すと、クレメンティアは「昼間言ったこと、頑張ってね」と片目をつむって食堂を出て行った。
クレメンティアの言葉に顔を赤くしたまま、部屋へ戻ったクラウディアは侍女たちの手によって磨き上げられた。
湯あみ後に侍女たちに施される顔や身体の香油を使ってのマッサージ、爪や髪の手入れ。気持ちいいけれど、時間がかかって施術される方も結構大変だ。先ほどペトラが「果たすべき責務が違う」と言っていたが、とりあえず明日に備えて王太子妃に見合う女性としての美しさを追求するのが今の自分の責務だと理解した。
時間をかけて全身の手入れが終わると、所々にレースやフリル、リボンがあしらわれた白色のリネンのネグリジェを着せられた。
その上から薄桃色のナイトガウンを羽織らせられる。
そして、エレーヌに手を引かれて、夫婦の寝室に通された。
「それでは、お嬢様、おやすみなさいませ」
「「「「おやすみなさいませ。良い夜を」」」」
侍女たちは声を揃えて就寝の挨拶をすると、下がって行った。
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