5-3 イヴァン・ステイグリッツ来訪(2)

 頽れたクラウディアをイヴァンが横抱きにし、部屋を移動しようとしたところで、シルヴェスター、ギルベルト、ディートリヒの3人が応接間へ飛び込んできた

「「「ディア!!」」」

「邪魔が入ったか」

 そうつぶやくとイヴァンは再度光属性による精神操作魔術を放とうとしたが、力を振り絞ったクラウディアが寸前で対抗魔術を放ち、イヴァンの魔術を打ち消した。

「ほう、まだそんな元気があったか。やはりきみはいいな」

 イヴァンは腕の中のクラウディアを見下ろし、シルヴェスターたちが見ている前で堂々と口づけを落とした。


「貴様!!」

 カッとなったディートリヒが飛び出し、クラウディアを奪い返そうとするのをシルヴェスターが腕一本で止めた。

「私はギルネキア王国王太子シルヴェスター・フォン・ギルネキアだ。貴殿が抱き上げている娘は私の婚約者だ。返していただこう」

「嫌だと言ったら?」

 イヴァンはからかうような声音である。そんなつもりはなかったが、結果的に腕の中にクラウディアがいることで人質を取ったも同然の状態になっている。

 シルヴェスターたちはクラウディアを抑えられているうえ、家の中と言う事もあり、攻撃魔術を放つことができない。

「貴殿はステイグリッツ帝国皇太子イヴァン・ステイグリッツ殿とお見受けする。ここで事を荒げたくはない。クラウディアを返し、お引き取り願えないか」

「私にはお前の言葉に従う義理は無いがな。ははは、まあいいだろう。腰砕けになるまでクラウディア嬢の唇を奪ってやったことだしな。その後の楽しみはまた後日に取っておこう」

「「「っな!?」」」

 3人が怒りの表情を見せるが、イヴァンは飄々とした態度でクラウディアをシルヴェスターに渡すと、邸宅やしきから出て行った。


 イヴァンが出ていくと、魔術の効果も薄まったのか、まず光属性の魔術を使える祖母のマルレーネが我に返った。

「…………これは……」

「お祖母様!」

 ギルベルトが祖母に駆け寄った。

「ギル、どうやら先ほどの方に精神操作魔術をかけられていたようね。今皆を解放するわ」

 マルレーネが呪文を唱えると(尚、クラウディアや王家の3兄弟、シュタインベック家の3兄弟など一部の者は無詠唱で魔術を使える)、邸宅中に白い光が満ち、ビルギットやクロードをはじめとした使用人たちも我に返った。

「お祖母様、母上、いったい何があったのです!?」

 ビルギットとマルレーネはお互いの顔を見合わせ、首を傾げた。

「どうやら魔術のおかげで、記憶があやふやなようね」

「ええ。ディアの結界を破って侵入者が来たと言う事で、玄関で迎え撃とうとしたところまでは覚えているのですけど…………」

「それよりディアはどうしたの?殿下の腕の中でぐったりしているようだけれど」

 今は何も聞かないで欲しいとばかりにギルベルトは首を横に振った。

 隣国の皇太子と言えど、婚約者でもない見ず知らずの男に唇を奪われたなど、母や祖母に報告できるわけがない。

「ディアのことはシルに任せましょう。ディー、皆から事情聴取だ。できるだけ覚えていることを話してもらおう」

「ギル兄上、奴を追いかけて消し炭にさせてください。ディアにあのようなこと、許せません!」

「ディー、気持ちは私も同じだけどね。相手はステイグリッツ帝国の皇太子だ。正式に来訪の予告状が来ている相手を今消し炭にするのはまずい。こちらから宣戦布告したことになってしまう」

「そんな…………」

「仕方がないんだよ。ディー。今はできるだけ多くの証言を集めよう。国王陛下と王太子殿下にご報告して、明日正式に糾弾してもらえるように」

「はい。承知しました」

 ディートリヒは手の平が爪で破れそうなほど拳を握りしめながらも頷いた。


「シル、客用の寝室に案内する。ディアを頼む」

 クラウディアはシルヴェスターの腕の中で泣いていた。それを見るシルヴェスターは怒りと憎しみと悲しみとがごちゃ混ぜになったような表情だ。

「ギル。私は大馬鹿者だな。なぜ、イヴァン・ステイグリッツから書状が来た時点でディアを王宮で保護しなかったのか。今更後悔しているよ」

「それを言うなら、私たち家族も同様だ。国王陛下とシルに保護を求めるべきだった。だが後悔しても起こってしまったことは取り消せない。私とディーは使用人たちへの事情聴取にあたるから、シルはディアの傍にいてやってくれ」

「ああ、分かった。恩に着る」

 ギルベルトがシルヴェスターを客用の寝室に案内し、シルヴェスターは横抱きにしていたクラウディアをそっと寝台に横たえた。

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