5-1 イヴァン・ステイグリッツの挑戦状

 王太子シルヴェスター・フォン・ギルネキア殿下とクラウディア・フォン・シュタインベック公爵令嬢の婚約の知らせは瞬く間に国内へ広がった。

 貴族の中には反感を抱く者や悔しがる者もいたが、一般の民衆には好意的に受け止められた。

 シルヴェスターは良い執政を敷く王太子として認められていたし、クラウディアのノブレス・オブリージュも特に王都の住民には良く知られていたからだ。


 その知らせをイヴァンはギルネキア王国王都への旅の途中で聞かされた。

「ほう。私が結婚を申し込んだこのタイミングで王太子との婚約とはね。余程クラウディア嬢を国外へは嫁がせたくないらしい」

 イヴァン・ステイグリッツは26歳。黒髪に銀色の瞳と言う珍しい色彩を纏っているが、その顔立ちは恐ろしいほどに整っている。

 白黒火、水、風、光の魔術を使用し、馬術、剣術、弓術、体術ともに優れ、長身で、鍛え抜かれた体躯をしている。

 先日クラウディアが透視術千里眼で見通した男性だ。

「6属性魔術の使用者など眉唾物と思っておりましたが、こうなってくると真実なのかもしれませんね」

 イヴァンの側近であるアレクサンドル・シェスタコフもそう追従した。

「さて、どうするか。王都までクラウディア嬢を奪いに行くか?」

「それがよろしいかと。そも、こちらの申し出がありながら別の男と婚約とは、礼儀に反します。抗議がてらクラウディア嬢にはぜひとも我が帝国へ来ていただきましょう」

「そうだな。アレク、手紙の準備をしろ。ギルネキア王国国王に手紙を出そう」

「承知いたしました」


 その数日後、イヴァンからの手紙が、国王宛てに届いた。

 開封してみると

「この私からの婚約の申し入れを無視し、貴国の王太子殿下との婚約とは恐れ入る。

 この際だから、私から花嫁を浚った貴国の王太子殿下のご尊顔を拝させていただこう。

 2週間後にはそちらの王都に到着する予定だ。心して待て。

             ステイグリッツ帝国皇太子 イヴァン・ステイグリッツ」

 ここまで来ると手紙と言うより、ほとんど脅迫状と言うか挑戦状と言うかだ。


 ギルネキア王国の王宮は上を下への大騒ぎになった。

 ここまで強気に手紙を認めてしたためてくるとなると、クラウディアを渡さなければ、戦争を仕掛けてくるのではないかと思えてしまう。

 ギルネキア国王と宰相は悩んだ末に、ひとまずイヴァンを迎え入れる準備を整えるよう命令した。

 通常他国からの要人を迎える場合、数か月前から打診があり、様々に調整を重ねて準備を整えるものだ。

 それを2週間とは。だが、いくら非常識でも、ギルネキア王国が豊かな大国であっても、得体の知れない先方を不快にさせる真似は避けなければならない。

「舞踏会と狩猟会も開催しよう。そこでシルとディアの仲の良さを見せつけてやれ」

「かしこまりました」

 王宮も文官、侍女、近衛騎士団、王宮警護騎士団総出で目の回る忙しさだったが、別の意味で忙しくなったのが謁見式や舞踏会への招待状を渡されたご婦人方だ。

 急遽仕立て屋を呼んで他国の皇太子を迎えるにふさわしいドレスを新調しなければならなかった。

 

 中でもクラウディアのドレスは最優先で仕立てられた。それも謁見用と夜会用の2着である。

 謁見用のドレスは、シルヴェスターの瞳の色に合わせたサファイアブルーの光沢が美しい重厚なシルク素材のプリンセスラインのドレスだ。左のウエストラインから右下へ向けてたっぷりとしたドレープがとられ、アクセントになっている。

 首回りは通常より狭めのボートネックで、袖は7分袖。公式の場に合わせて露出は控えめなデザインになっている。

 首回り、袖口、ドレスの裾回りにシルヴェスターの髪色に合わせた銀糸の刺繍が施されている。

 装飾品は祖母が母へ譲ったダイヤモンドのネックレスとイヤリングを付ける予定だ。

 夜会用のドレスも、シルヴェスターの瞳の色である碧を基調としたグラデーションが美しい生地をオフショルダーのAラインシルエットで仕立て、後ろはトレーンを引いている。こちらも全体的にシルヴェスターの髪色である銀糸で精緻な刺繍が施されている。

 袖や2層仕立てにしたスカートにはチュール素材が幾重にも使われ華やかさを演出する。

 装飾品は王妃陛下から下賜されたサファイヤとダイヤモンドの美しいネックレスやイヤリングを合わせる。

 シルヴェスターの婚約者であると言う事をこれでもかと主張した2着のドレスが約10日で納品された。

 納品のためシュタインベック公爵邸を訪れた仕立て屋は目の下に隈を作っており、今回のオーダーがいかに大変だったかを物語っている。

 微調整のため試着をしたクラウディアは、なんだかシルヴェスターに包み込まれているような抱きしめられているような感じがしてしまい、一人頬を赤く染めた。

 そんなクラウディアは母親や祖母、クラウディア付きの侍女たちでさえはっと息をのむほど美しい。

「デビュタントから数日しか経っていないのに、親の欲目を抜きにしてもディアは綺麗になりましたわね」

「そうね。ビルギット。これもシルヴェスター殿下のおかげかしら?」

「そうですわね。ディアはおぼこい娘ですから、殿下の熱情に中てられたのかもしれませんわね」

「ふふふ。素敵ね」

 母と祖母がそんな会話を交わしているとも知らず、試着を終えたクラウディアは凭れ込むもたれこむようにソファに座り込んだ。まだ頬も赤く、心臓もドキドキしている。

 あんなドレスを着て謁見や夜会などと、自分の心臓は持つのだろうかと不安になるほどだった。


 そんなこんなで、予告された2週間はあっという間に過ぎていく。

 そしてシュタインベック家に異変が訪れたのは、その前日のことだった。 

 

 

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