1-2 エスコートは誰に
父であるウーヴェは「自分がエスコートする」と盛大に主張したが、3人の兄たちも負けていなかった。
喧々諤々の論争を経ても誰も譲らないため、それではもうクラウディアに選んでもらおうとばかりに全員正装し、クラウディアが二階から降りてくるのを待った。
母と祖母、侍女たちに付き添われ、二階から降りてきたクラウディアは正装姿で横一列に並ぶ父と兄を見て目を丸くした。
「お父様?お兄様?どうされましたの?」
「ディア。お前は今日誰にエスコートしてもらいたい?」
「やっぱりお父様だろう?」
「いや俺だろう?」
「いやいやいや、僕でしょう?」
クラウディア渾身の正装姿を褒めることもすっ飛ばして、口々に父と兄が自分がエスコートすると主張している。
そんな男性陣を母と祖母がため息をつきながら、残念な生き物を見る目で見ていた。
そして当のクラウディアは大きな目をさらに見開いて驚いていた。
「……お母様、お祖母様……」
クラウディアは父と兄たちの主張にどう返答すればよいのか分からなくて、つい母と祖母を振り返ってしまった。
再びため息をついた母が、
「貴女の晴れ舞台よ。貴女が一番エスコートしてもらいたいと思う人にお願いしなさいな」
と言い、祖母も
「一生に一度のデビュタントよ。遠慮も忖度もいらないわ。貴女が絶対に後悔しない人を選びなさい」
と口を揃える。
「…後悔しない人……いいえ、一番エスコートしてほしい人……」
クラウディアはそう呟きながら、4人の顔をゆっくり見渡した。
そして、覚悟を決めたように背筋を伸ばしてただ一人を見つめて微笑み、
「
と、自分の素直な願いを口にした。
「ディア。本当に? 私で良いのか?」
若干紅潮した顔でいつもより少し興奮気味に問い返してくる長男のギルベルトに対し、クラウディアは微笑んだまま「ええ。ぜひに」と再度答え、ギルベルトも満面の笑みで頷いた。
「ディア… お父様のことが嫌いになってしまったのかい?」
「っち!」
「何かあるといーっつもディアはギル兄上を頼るよね!?」
選ばれなかった3人が落ち込んだり、舌打ちしたり、嫌味を言ったりしている。
その様子にクラウディアは困惑し、母と祖母が三度盛大なため息をついた。
「あなた方、いい加減になさいまし!今日はクラウディアの晴れ舞台ですのよ!
それを、あの娘の正装姿を褒めもせず、先ほどからいったいなんなんですの!?」
「ビルギットの言う通りですよ。あの娘は一生に一度のデビュタントに一番一緒にいたい人を選んだだけですわ。
不満や文句を言うのは筋違いというものです」
「……お父様、ディーお兄様、ヒューお兄様……
ただ、今日はギルお兄様に一緒にいて欲しいんですの。
我儘を言っている自覚はございますが、どうかお許しくださいませ」
純白のドレスに袖を通した喜びも、大好きなギルベルトにエスコートしてもらえることになった喜びもしおらせて、クラウディアがしょんぼりとそう言うと、3人はばつの悪そうな顔になった。
「ああ、私のかわいいディア。ごめんよ。今日はギルと一緒に楽しんでおいで。
私たちも後から行くからね。それから、今更だけど、そのドレスよく似合っているよ。
素敵な淑女だ。」
「ごめん……」
「分かったよ。でも僕ともダンスを踊ってよね。ギル兄上にばかり独占させないよ。」
3人の言葉にクラウディアは再びふんわりと笑うと
「お父様、ありがとうございます。ディーお兄様、ヒューお兄様、ぜひダンスをご一緒させてくださいませ」
と答えた。
「あ、それとプラティニとは踊っちゃダメだからね。絶対だよ。約束だよ」
ヒュベルトゥスが再び勝手なことを言い始め、クラウディアを困惑させた。
「……」
相手は第三王子、宰相の娘とはいえ、筆頭公爵家の長女とはいえ、一貴族令嬢にすぎないクラウディアが王族からの申し込みを断ることなどできやしない。
「ヒュー、無茶を言うものではないよ」
そこはさすがに父親であるウーヴェが窘めたのである。
出発前の玄関先で一悶着あったものの、クラウディアはギルベルトのエスコートで馬車に乗り込んだ。
ギルベルトがクラウディアの向かい側の席に腰を下ろすと、
「さっきはごめんね。それからそのドレスとてもよく似合っているよ。
とても綺麗だ。社交界にお披露目するのが惜しいくらいにね。
会場に着いたら、絶対に私のそばから離れてはいけないよ。
どこの馬の骨ともわからない男に声をかけられたらたまったものではないからね」
と本来真っ先にクラウディアの正装姿を賞賛しなければいけなかったところを今更褒め、会場での注意事項を口にする。
「はい、分かっておりますわ。ギルお兄様。
お兄様がエスコートしてくださるのですもの、頼まれても離れませんわ」
と嬉しそうに微笑んだ。
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