3-2 シルヴェスターの自嘲 クラウディアの涙

 シュナップスを数杯飲むと、

「さて、そろそろ我々はお暇するとしようか。

 レディが寝ている控室に家族以外の男が長居するのは外聞が良くないからね。

 私は、陛下と王妃陛下に先ほどのことを説明してくる。

 ビンスとプラティニは大広間に戻って、そちらを頼む」

 そうしてシルヴェスターが立ち上がりかけたところに「ご報告です!」と近衛騎士の一人が飛び込んできた。

「どうした?」

「先ほどおっしゃられた通り、茶器から毒物が検出されました。

 6つのカップには致死量の毒薬が、1つのカップには媚薬が塗られていました」

「なんだと!?」

「私たちを殺し、ディアと既成事実を作って取り込むつもりか!?」

「相変わらず姑息だなぁ……女官に精神操作魔術がかけられていた残滓なんかディアしか分からないから、本当は被害者な女官に罪を擦り付けてそれで終わりだ」

「ギル兄上、ヒュー、なんとかできないのか。奴がやったことは間違いないんだろう?」

「そうだけどね。ディー、魔術の残滓はディアにしか分からない。それじゃあ証言としては弱いんだよ。

 女官は何も覚えていないだろうしね。

 最低でも王宮警護騎士か騎士団員の前で魔術を使用すれば証言として成立するんだけど」

「陛下や王妃陛下はディアの証言だけでも信じてくれるよ。でもそれだけでは公に裁けないってことなんだ。

 ほんとに姑息なで嫌な奴だ」

「っち!」

「このことも含めて、陛下たちに報告しよう。明らかに王家とシュタインベック家に対する謀反だ。

 処罰を検討しないといけない。と言うより、お家は取り潰し、一族郎党皆殺しにしてやりたいくらいだけどね」

「ああ、全くだ」

「ほんとにね。ディアの女性としての尊厳を傷つけようとするなんて、それだけで死罪に値するよ」


「ギル、少しだけディアの顔を見てきてもいいかい?扉は開けておくから」

「シル……まあしょうがない。今日だけだぞ」

「悪い、恩に着る」

 クラウディアが寝ている部屋へ向かうシルヴェスターにビンセントとプラティニも続こうとしたが、こちらはギルベルトが止めた。

「2人きりにさせてやってくれ」


 ◆ ◆ ◆


 クラウディアが寝ている寝室に入ったシルヴェスターは、少しだけ席を外してくれるよう女官とキャロラインに頼んだ。

 2人は渋々と言った体で、ドアは開けておくこと、ドアのすぐ近くに自分たちが待機することを条件に了承した。

 シルヴェスターは寝台に近寄ると、枕元に置いてある椅子に腰かけた。

 そして青白い顔色のまま苦し気に眠るクラウディアを痛ましげな瞳で見つめる。

「ごめんねディア。貴女を守るといつも思っているけれど、実践できた試しがない。それどころか守られてばかりだ。

 ……こんな為体ていたらくじゃ、ディアに結婚を申し込むこともできないね」

 シルヴェスターは切なげにクラウディアを見つめると、席を立ち、そっとその額に唇を落とした。


◆ ◆ ◆


 クラウディアは、額に何か暖かく柔らかいものが触れる感触で目を覚ました。

「黒髪に銀色の瞳の人……?」

 不思議に思い周囲を見回すと、「お嬢様!お加減はいかがですか!?」とキャロラインが飛んできた。

「ありがとう。キャリー。お薬飲んで少し寝たから、楽になってきたわ」

「それはようございました」

 キャロラインはクラウディアに水の入ったコップを渡しながら、王宮の女官にギルベルトを呼んできてくれるよう頼んだ。


 ギルベルトが入ってくると、クラウディアは悲しそうに頭を下げた。

「お兄様、ごめんなさい。デビュタントで醜態をさらしてしまいました」

「おやおや、ディアは何を言っているのかな?私たちを守ってくれたのはディアだろう?

 それに魔術を使ったディアがこの状態になることは皆が知っている。誰も醜態だなんて思わないよ」

「でも……世間体と言うものが……」

「それなら心配しなくて大丈夫。パウル=ハインツ・フォン・ウェンデルが大広間で魔術を使ったことは、シルの近衛隊長のパトリツが見ている。公的証言には十分だよ。

 それから夜会慣れしたご婦人方だって、たまに熱気に中てられて気分を悪くすることだってあるのだから、デビュタントの少女が気分を悪くしたところで醜態などと言う話にはならないよ」

「そうですか……」

 クラウディアは少しだけほっとしたように薄い笑みを浮かべた。

「それよりディア。馬車には乗れそうかい?乗れそうなら早く邸宅やしきに帰ろう。邸宅ならお祖母様もいる。王宮にいるより安全だ」

「ええ、大丈夫ですわ。キャリー、準備をお願い」


 クラウディアがキャロラインと王宮の女官に手伝ってもらってドレスや化粧を直している間、ギルベルトは馬車の手配をしたり、侍従に父と母を探してもらい、早急に帰宅するよう伝言してもらうなど各方面手配に動いた。

 そして、クラウディアの準備ができると馬車寄せまでエスコートして歩き、来た時同様2人で馬車に乗り込んだ。

 だが来た時と違って、クラウディアがもたれかかれるように、ギルベルトはクラウディアの隣に座っている。

 馬車が動き出すとクラウディアは真剣な表情でギルベルトに話しかけた。

「お兄様。寝ている間に透視術千里眼を見たような気がするのです」

「透視術?どんなものっだったのかい?」

「それが、魔力が減っていたからか、体調が悪かったからか、あるいは相手がとても遠くの場所にいたからか分からないのですが、いつもよりはっきりとは見えなかったのです。

 ただ、黒髪に銀の瞳の青年が「ではそのクラウディア嬢のご尊顔を排しに行こうか」と言っていたような気がします。

 ですから、近々誰かがわたくしに会いに来るのかもしれません」

「黒髪に銀の瞳の青年か。室内の様子とか衣装とかは分からなかったのかい」

「はい……残念ながら」

「そうか。分かったよ。シルにも伝えておこう」

「はい。お願いいたします」

「ディア。せっかくのデビュタントにとんでもないことが起きてしまったし、透視術も気になるだろうけど、今日のことは楽しかったことだけ覚えていればいい」

「お兄様……」

「純白のドレスを着たこと、国王夫妻や王太子殿下にご挨拶したこと、私やシルと踊ったこと、ビンスたちや私の同僚たちとも踊ったこと。

 ここまではみんな楽しかっただろう?ディアはそれだけ覚えていれば良いんだよ」

「お兄様」

 クラウディアはそっと兄の肩にもたれかかると、静かに涙を流した。

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