5-9 クレメンティアのお部屋案内
「さあさ、難しいお話はここまでにして、ディアを新しいお部屋へ案内しましょう。ビルギット、ディアいらっしゃい」
そう言って席を立つ王妃のクレメンティアに続いてビルギットとクラウディアも席を立った。
男性陣も続いて席を立とうとしたがクレメンティアに制止されてしまった。
「あら、殿方がレディの部屋に押しかけるなんて非常識ですわよ。ご兄弟でも幼馴染でも、国王陛下でも宰相閣下でもここは大人しくお待ちください」
「私も同行してはいけませんか?」
クラウディアの婚約者であるシルヴェスターがそう言うもクレメンティアは一蹴してしまった。
「あなたはどうせ今夜になればディアの部屋を見られるのですから、少し我慢なさいな」
こうなったクレメンティアは国王でも止められない。シルヴェスターも苦笑いして引き下がざるをえなかった。
クレメンティアはビルギットとクラウディアを王族の私室が並ぶエリアに案内した。
そして、一つの扉を開ける。
「さあ、ディア、ここが貴方の部屋よ」
そう言って招き入れられた部屋は、アイボリーとマホガニーの少し赤味のあるダークブラウンのコントラストが美しい部屋だった。
一見すると落ち着いたシンプルな部屋に見え、まだ10代のクラウディアには渋すぎるように感じるが、よく見ると少女が好みそうな可愛らしいデザインがいたるところに取り入れられていた。
アイボリー色の壁紙は小花模様の凹凸が浮き出た珍しい細工のものだった。マホガニーの腰壁にも精緻な彫刻が程よく施され、シンプル過ぎず、五月蠅過ぎず絶妙な塩梅を誇っている。
室内に置かれた家具、ソファセット、キャビネット、ライティングデスク、化粧台、2人掛けの丸いお茶用のテーブルセットもマホガニーで統一され、脚が猫脚になっていたり、取っ手に金の装飾が施されたりしている。マホガニー自体に施されている彫刻も美しいが、何といっても目を引くのは天板に張られているよく磨かれて美しい艶を放つ白い大理石だ。
「まあ、素敵なお部屋ですわ」
クラウディアは一発でこの部屋を気に入った。あまり派手なものを好まないクラウディアにちょうど良い落ち着きと可愛らしさを兼ね備えている。
クレメンティアのセンスとクラウディアの好みを正確に把握している様に脱帽するしかない。
「本当に。素敵なお部屋ね。良かったわねディア」
「はい、お母様。王妃陛下、素敵なお部屋をありがとうございます」
「ディアに気に入ってもらえて良かったわ。あとはディアの好みの小物類を入れれば完成よ」
「ふふ。楽しみですわ」
クレメンティアは喜ぶクラウディアとビルギットを連れてリビングを進みまず左手のドアを開けた。
すると短い廊下があり、左右と突当りに扉があった。右手のドアを開けると窓を大きく取られた寝室になっている。
こちらはリビングより少し濃いめのクリーム色の壁紙にやはりマホガニーの寝台とチェストが置かれている。
クリーム色の壁紙には同じように小花模様の凹凸が施されており、腰壁はリビングと統一されている。
寝台は大人3人が寝れるほどの広さがあり、天蓋も備えられていた。
窓と天蓋にはオフホワイトのレースのカーテンとダークブラウンの生地に色とりどりの草花を刺繍したカーテンがかけられている。
左手のドアを開けると衣裳部屋になっていた。既にクラウディアが公爵邸から持ち込んだドレスと他にも何着かのドレスがかけられていた。
「こちらのドレスは?」
「私が仕立てさせましたのよ。ディアが王太子殿下の妃だと証明するドレスをね」
クレメンティアは楽しそうに片目を瞑ってみせた。それらの新しいドレスは、どれもシルヴェスターの瞳と髪色を意識した碧色と銀色で仕立てられており、クラウディアは頬を赤らめた。
「とても素敵ですわ。ありがとうございます。王妃陛下」
もうクラウディアは胸がいっぱいで、単調な言葉しか出てこなかった。
最後に突当りのドアを開けると、また短い廊下があり、右手は浴室になっていた。広々とした大理石の湯舟には女神像があり彼女が持つ瓶からお湯がしたたり落ちている。魔術研究員か誰かの水魔術で常時お湯が張られている贅沢な浴室だった。
そして最後、左手の扉は侍女や女官たちの控室に続いているそうだ。
クレメンティアは一旦リビングに引き返すと今度は右手のドアを開けた。
「こちらが王太子夫妻の寝室ですよ」
そこは濃紺の壁紙に精緻な彫刻を施されたクリーム色の腰壁が張られているシンプルな部屋だった。
ひと際目を引くのは大人10人が横になれるのではないかと思う程の大きな天蓋付きの寝台だ。
天蓋からは、クリーム色のレースのカーテンと濃紺の生地に銀糸で刺繍を施した重厚なカーテンが備え付けられている。
窓にかけられているカーテンも同様だ。
夫婦の寝室を見たクラウディアはどうしたらよいのか分からず、顔を赤くしたまま挙動不審に陥っていた。
「そういえば、色々な事が立て続けに起こって、クラウディアへの閨教育が未だでしたわね」
ビルギットがそう言うと、クレメンティアも楽しそうに笑った。
「まあ、そうでしたの。ディア。何も怖いことはありませんよ。就寝準備は侍女たちが整えてくれます。そうしたらあなたはこの部屋へ来てシルが来るのを待てば良いのです」
「あとはシルヴェスター殿下に身を任せれば良いのですよ。殿下はディアのことをとても大事になさっておいでだから、無体なことはなさらないでしょう。きっと幸せな夫婦生活が送れますよ」
「ええ、ええ、ビルギットの言う通りですわ。ディアは何があってもシルを信じていれば良いのですよ」
「か……かしこまりました。王妃陛下。お母様」
クラウディアは顔を真っ赤にしたまま、結局閨教育と言うのが何なのかもわからず、とりあえずシルヴェスターを信じて身を任せれば良いと言う事だけ理解した。
「後のことは追々シルが教えてくれるでしょう。私が嫁いだ時もそうでしたわ。ビルギット、あなたはどう?」
「私も同じですわ。クレメンティア様。ね。ディア。私も旦那様に身を任せて色々教えられたのよ。そしてあなたたちを身籠ったの。だから何も心配はいらないわ。王妃陛下もお母様も通ってきた道ですからね。勿論お祖母様もね」
「はい。かしこまりました」
「ねえ、ビルギット、私とても良いことを思いついたのですわ。イヴァン・ステイグリッツの件が落ち着いたら、ディアの王太子妃教育が始まるでしょう?……と言ってもディアならそう沢山教えなければならないことはないと思いますけどね」
「ええ、クレメンティア様」
「それでね、王太子妃教育で登城した日には、ここに泊って行ってもらうのはどうかしら?シルも喜ぶと思うのよ」
「クレメンティア様…………それは……私の一存では決められることではございませんが、今日の件を考えるに、ディアには王宮にいてもらった方が安全とも思えるのです」
決してシュタインベック家の警備が手薄ということはない。だが相手が光や闇の魔術を使える者であるとクラウディア一人で対応することになってしまう。
ビルギットはそれが正しいと思ってクラウディアを教育してきたが、国王に諭されたように、今日の一件でクラウディアが万能ではないと言う事を強く認識させらた。
「あの可愛らしい騎士様が護衛に付いてくださる王宮の方が安全かもしれませんわね」
「ディアはどう?シルとずっと一緒にいたくはない?」
「あの…………シル様と一緒にいるととてもドキドキします。でも同時に安心もして……一緒にいたいかと聞かれればいたいとお答えするしかないと思います」
「そう良かったわ。それでしたら応接間に戻って、陛下と宰相様の承諾をもらいましょう」
応接間に戻ったクレメンティアは、王太子妃教育時のクラウディアの王宮へのお泊りについて、クラウディアの安全とジャック・フォン・シュミット男爵による護衛を盾に国王と宰相から無理やり承諾をもぎ取ってしまった。
シルヴェスターは、恥ずかしそうにしているクラウディアと、クレメンティアに勝てないだけで快くは思っていない男性陣(国王は除く)からの鋭い視線に苦笑いするしかなかった。
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