第37話 高校一年・六月

 

 梅雨に入り、天気の悪い日が続いている。こういう時期は、ほとんどオンラインの学生生活も悪くはないかな、と感じられる。それくらい、雨の日が嫌いなのだ。


 とはいえ、することは多い。高校入学以来初めての定期テスト期間にも入った。コロナ対策で、今年は分散登校でテストを二つのグループに分けて実施するらしい。生徒からは当然、同じテストじゃなくて不平等だと苦情の声があがっている。当然のことだ。しかし、百年に一度と言われるパンデミックを理由に、学校もこのまま強行するつもりらしい。


 そもそも、定期テストは例年五月に行われている。それがなぜ一ヶ月も遅れているのかというと、これもまたコロナ大流行のせいだ。オンライン学習だと、どうしても授業が上手く進まない。六月は本来ならば、運動部の県大会なのだが、それもコロナで早々と中止。


 スポーツ推薦で決まっていた私立高校を選ばず、工業高校に入った松清まつきよの選択は正しかったんじゃないのかな。そういえば、高校進学以来あいつとは連絡をとっていないが、元気にしているだろうか。


 そういうわけで、異例づくしでもうなにが正常なのか分からなくなりながら、とりあえず机に向かっているのだが・・・・・・もう、なるようにしかならんな。雨で外に出るのも億劫おっくうだし、半ば諦め、半ば投げやりの気持ちで、俺は日々テスト勉強をしている。 高校になれば授業内容も難しくなり、テスト期間もより憂鬱になるのだろうな。中学時代は漠然とそう思っていた。


 それはある面では間違いではなかったのだが、今回のテスト期間になって、少々ほっとした側面もある。


 この感染症対策が第一の高校生活は日々、パソコン画面を前にしてばかりだ。授業も部活も全部オンライン。そんな日々が一旦やまって、紙のテキストだけを見ながらテスト勉強。パソコン画面をずっと見る日々から解放されているので、結構精神的に軽くなっている。


「よし、と。とりあえず今日はこれくらいでいっか」


 テスト勉強が一段落したところでスマホを覗く俺。一件だけ通知が来ていたので、開く。


井神いかみ。とりま動画が完成したので、URL送っておくよ』


 それは物理部の御代田みよたからだった。


 御代田みよたわたる。理系クラス一年七組所属。物理部入部で知り合った、眼鏡とボサ髪がトレードマークのいかにも理系という雰囲気の男子だ。俺も人の容姿をとやかくいえるような見た目ではないが。


 御代田は外観だけでなく、中身もガチの理系だ。普通に理科・数学は得意だし、趣味はプログラミング。四歳の頃、レゴのマインドストームとかを買ってもらったのをきっかけに、プログラミングの世界にのめりこんでいったとか。正直、良くも悪くも俺とは住む世界が違う人種のはずなのだが、こうして時々メッセージをやりとりするまでになっている。 さて、あいつの送ってきた動画を見るか。俺はURLをタップして、YouTubeを開く。


『【西高物理部ちゃんねる】~みんな大好き?量子力学解説篇~』


 動画内容は一〇分ほど。学校の理科室の黒板前で、白衣を来た御代田みよたが量子力学の解説を始める。


『みなさん、シュレディンガーの猫って聞いたことありませんか?ということでまずは分かりやすくそこから・・・・・・』


 以下、量子論について色々と熱弁する御代田。


「こりゃあ・・・・・・伸びないよなあ」


 見終わって、思わず本音が漏れる。御代田の声は決して聞き取りにくいわけではないのだが、いかんせん後半になるにつれて加速度的に早口になりすぎている。物理大好きなのは分かるが・・・・・・。普段何気なく見ているYouTubeチャンネルって、やっぱ「見られる」ためにすごく洗練されているんだろうな。


「まだまだ改善の余地ありだな」


 確認すると、再生回数は十五回。おい、物理部の部員数は二十人だったよな。


『とりあえず、もうちょっと分かりやすくお願いだ。理系の俺でも、ちょっとついていけない部分がある』

『了解。意見ありがとう。テスト期間が終わったら、また考えるよ』


 直接会ったのはまだ二回だけだが、御代田にはどこか、遠慮無く意見を言いやすいところがある。「あ、こいつ色々意見をぶつけても、傷付かないだろうな」と他人に思わせる、不思議な安心感があるというか。


「しかし、あいつもすげえよな・・・・・・」


 俺は軽く目を瞑り、先程の動画の内容を脳内で再生する。トンネル効果、波動関数、ホログラフィー原理・・・・・・聞いたことはあるけれど、いまひとつピンとこない内容。同年齢の御代田は、それを活き活きと目を輝かせて語っていた。


「中学のときは理系科目が得意だったから、この西校でも理系に進学したけれど・・・・・・本当の理系ってのは、御代田みたいな奴のことをいうんだろうな」


 ちょっと、考えさせられるな。ああいうガチの理系な人間を見ると。


 そのとき、ピコンと通知音がした。見ると久しぶりに松清まつきよからだった。


『井神おっす~。西高はどうだ?ちなみに俺は毎日、eスポーツ一直線だぜ!部活の様子はこんな感じ。』


 続いて動画が送られてくる。


 小学生の頃は時々遊びに行っていた、松清の部屋。ゲーミングチェアに座っている松清が、机の上に設置された立派なパソコンの前で、なにやら真剣な顔でゲームにいそしんでいる。詳しいことはよく知らないが、魔法を使ってドンパチやったりとしたストラテジーゲームのようだ。


『県大会も中止だし、マジでeスポーツ部ある工業にしといて正解だった』

『そうか。俺も物理部と天文部でちまちまやっているから、頑張れよ』

『お、井神さっそくガチ理系ムーブかましてるね』

『そうでもない。上には上の理系がいるからな』

『へ~、井神でもそう言うのか。それじゃ俺はこのへんで。またeスポーツの練習しなきゃ』


 普通にあいつ、楽しんでいるだけなんじゃないかな。いや、部活を楽しんで何が悪いのかってはなしだけれど。


 というかあいつ、テスト勉強はどうしているんだ。工業高校はテスト期間が違うのだろうか。それともテストを捨てて部活に打ち込んでいるのか。従来のオフラインの運動部なら、学校内での活動を禁止すれば良いだけだったが、オンラインでも可能なeスポーツ部となると、いくらでもできるわけで・・・・・・。


「ま、それはそれでいいかもな」


 そうつぶやき、俺はテスト勉強に戻る。

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