第23話 中学三年・十月


「おっす、井神いかみ瀬奈せなっち。久しぶりだな」


 放課後。教室を出たところで、河合かわい美菜みな河合かわい咲良さくらと鉢合わせした。


「井神くんに瀬奈ちゃん、おひさ~」

「おひさ~」


 のんびりとしたあいさつを交わす咲良と瀬奈。


「文芸部のメンツがこうして揃うのは、久しぶりだな」

「夏祭り依頼だなっ」


 美菜も元気なあいさつをしてくる。


 俺たち四人は並んで歩く。


「それで、井神と瀬奈っちは高校はどうするんだ?井神はひょっとして、あれか。高専とか?」

「いや、普通に俺も瀬奈も西高だけれど・・・・・・そういう美菜はどうするんだ?」

「うち?うちはとりま、東を受けよっかなーって。受かったらそれでおっけーだし、駄目なら私立」


 なるほど。美菜らしい、あっさりとした展望だ。美菜の成績は学年四十番代ぐらいだったか。東は射程圏内ってところかな。


「咲良ちゃんはどうするつもりなの?」


 瀬奈の質問に咲良は、

「わたしは南校、ね」

「お、一番ムズいところじゃん」

「・・・・・・いや、瀬奈ちゃんたちなら、受かるでしょう?」

「でも、わたしたち咲良ちゃんほど、勉強できはしないわよ?」


 瀬奈の言うとおり、咲良はテストでほとんど、学年トップ10番内に入ってる。文芸部では一番の成績だ。


「うーん・・・・・・これ、南高に通っている兄から聞いた話だけれど、あそこも下の方はたいがいひどいらしいよ?」

「ひどいって、成績がか?そりゃ、テストをすりゃ、誰かが成績最下層にはならないといけないから、仕方がないだろう」


 だが、咲良はやんわりと首を振る。


「勉強っていうより素行そこうがね・・・・・・」


 素行?不良とかいるのだろうか。


 咲良は言いにくそうに、ぽしょぽしょと小声で話す。


「やれ、他校の女子を妊娠させただとか、そんな騒ぎになっているのが一部いるって・・・・・・うちの兄は、こんな高校はチンパン高校だ。いや、チンパンジーと比べるのも失礼だ、とか言ってるもんね」


 ・・・・・・想像以上にひどいな。いみじくも、公立では一番偏差値の高い南校で、そんなのがいるのか。


「いるんだよなー。高校生にもなれば、その手の話、ちょくちょく聞くみたいだし」


 美菜があっけらかんとした口調で言う。


「一応、わたしたちも来年は結婚できる年齢になるしね」

「あ、本当だ。16歳だもんね・・・・・・」

「男子の井神いかみくんは、18歳からだから、もちょっと待っとかないといけないもんね」

「なんだよ。てかお前ら、そんなに早く結婚する気があるのか?」

「そりゃあ、ないけれど・・・・・・」

「彼氏すらいないしな、うちら。あ、瀬奈っちには井神いかみがいたか」

「もうっ、付き合っていないっての」

「はいはい、分かりました」


 そんな会話を交わしながら、自然と四人一緒に帰る流れになる。


「そういえば、瀬奈ちゃんはいよいよ芸能界入りするのよね。なんか、すごいなー。実感が湧かないけれど」


 咲良が、ふと思い出したように話を振る。


「まだ、分かんないよ。デビューもしていないわけだし・・・・・・」

「ぶっちゃけ、井神はどう思っているの?瀬奈っちが、グラビアアイドルになることに」

「それは・・・・・・」


 美菜の問いかけに、俺は口ごもる。今年の四月、グラドルになるという話を瀬奈から聞かされてから今日までの日々が、走馬灯のように駆け巡る。その日々に胸中を訪れた、様々な気持ち。やがて、その混沌とした想いは、ひとつの形へと収束する。そうだな。文芸部の仲間がいる、このタイミングで話しておくのが良いかもしれない。気持ちの整理をつける、という意味でも。


「瀬奈が芸能界に入る、ていうのには、一抹の寂しさはあるよ。なんかさ、こうしていつもフツーに喋っていた瀬奈が、遠い世界にいってしまうみたいで」

「えっ・・・・・・」


 意外だという表情をする瀬奈。俺は、彼女に語りかけるように、話を続ける。


「でもさ。やっぱり、瀬奈のことを応援したいし、期待したい。そういう気持ちもかなり強くて・・・・・・だって考えてみろよ。有名人と、有名になる前に知り合いだったなんて機会、一生に一度あるかないかのことだろう?」


 話しながら、瀬奈に有名になって欲しいという気持ちと、その正反対の気持ちが、改めて心の中で浮き彫りになる。


 知人が有名になれば、自分も有名になった気分になるだろう。そんな、自己顕示欲を満たすような気持ち。


 反対に、芸能界入りした瀬奈が、沢山の衆目に晒される可能性に対する、嫌悪感。瀬奈にはいつまでも俺のそばにいて欲しい。不特定多数の人間になんて、知られて欲しくない。まるで瀬奈に対する所有欲のような、みにくいエゴ。


 だけれど――瀬奈は瀬奈だ。俺のものでもない。だから、俺はこうして、瀬奈の背中をそっと押してやれるようになりたい。それが俺なりの、やり方だ。


 混沌とした俺の内心を、瀬奈はどこまで察したのだろうか。その口元が穏やかな笑みをたたえる。柔らかな目で俺を見てくる。


「うん、分かった・・・・・・ありがと、井神いかみくん。そして美菜みなちゃん、咲良さくらちゃん。なんか、モヤモヤしていたのが、だいぶすっきりした」

「そうか、ならよかった」

「だな」

「あ、瀬奈ちゃん。将来有名になったときのために、今からサインくれない?」

「サイン・・・・・・全然考えていなかったわね」

「考えときなよー。で、私が一番ね。美菜ちゃんが二番、井神くんが三番で」

「おい、どうして俺が三番なんだよ」

「えー、だって井神くん、そういうのにうとそうじゃん」

「どういう意味だよそれ」


 軽口をたたき合う、文芸部。


 徐々に寒さが増してきて、秋から冬への移行が、肌で感じられるようになってきた。そんな肌寒さを感じながら、こいつらと同じ文芸部で良かったな、という実感が、じんわりと心の奥に広まっていった。

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