第22話 中学二年・十一月 その2


『ねえ、井神いかみくん。明日、暇?わたしのメガネの買い換えに付き合ってもらえないかしら?』


 篠川しのかわ瀬奈せな眼鏡めがねについての会話を交わした数日後。金曜日の晩に、唐突に彼女からLINEのメッセージが入った。


『この前のあの話か?だったら、俺の意見はもう伝えたぞ。わざわざ一緒に行っても、期待に沿えるとは思えないが』


 瀬奈とどこかに出掛けることは、素直に嬉しいのだが、眼鏡なんて高額な買い物は、ちっょと腰が引ける。責任とれないっていうかのかな。


 だが、瀬奈はなおも食い下がってくる。


『別に、見るだけでもいいじゃん。こういう身につけるものってさ、誰か他人の意見があると、買い物がはかどるものなのよ』


 なんか断りにくいな、そう言われると。


 幾度かのやりとりを重ねた後、俺は瀬奈からの頼みを承諾することになる。



 翌日。土曜日の昼前。市内のメガネ店に、俺と瀬奈の姿があった。


「うわ、いろいろあるんだな」


 陳列された眼鏡を見て感心の声をあげる俺。


「せいぜい数種類ぐらいしかないと思っていた」

「なにいってんの・・・・・・ちょっと考えたら、沢山の種類があることくらいは分かるでしょう」

「そのちょっとが、ね。いかんせん、普段は眼鏡屋さんにお世話にならないからな」

「はいはい、視力のいい人はいいですねー」


 店員さんがやってきて、瀬奈の視力を測ったりして、レンズの度を決めていく。


「以前と比べてさほど視力は落ちていないみたいね。ということで、井神くんの好きな青いフレームの眼鏡は・・・・・・」

「こちらなどはいかがでしょう?」


 店員さんのすすめで、ひとつの眼鏡を手に取る瀬奈。それを試着してみる。


「うーん・・・・・・青、ていうか群青だな」

「えー、おしゃれじゃないかなー?」

「あんま、以前と印象が変わらないけれどな」

「んー・・・・・・イメチェンが目的だから、ちょっと違うかしら」

「それでは、こちらなどどうでしょう?」


 店員さんが渡してきたのは、ワインレッドのフレームのものだった。


「どう?大人っぽくないかしら?」

「ああ、アダルティだな」

「アダル・・・・・・なんか、嫌ね・・・・・・やっぱり青系統のがいいですね」

「はいはい、お嬢さん、それではこちらはどうでしょう?」


 続いて瀬奈が着けたのは、水色のフレームの丸眼鏡だ。


 その姿を見た途端、なぜか急に胸が高鳴る。自分でも驚くくらいに。


「うん、いい」


 俺は力強くうなずく。俺の反応を見て、瀬奈はにっこりと笑う。


「よーし、じゃあこれください・・・・・・あっ・・・・・・」


 しまったという顔をする瀬奈に、俺は尋ねる。


「どうかしたか」

「わたしとしたことが・・・・・・財布、忘れちゃった」

「え・・・・・・おい、どうするんだよ」

「すみません、店員さん。あとで親と来るつもりですので、取り置きしていただいてもいいですか?」

「もちろんですよ」


 流石に、眼鏡代を立て替えれるほどの持ち合わせは、俺にもないしなあ。仕方ない、ここは一旦、退こう。


 それで結局、その後の食事代も俺持ちになった。今度、別なことで埋め合わせしてもらうとかだから、いいけれどさ。



 瀬奈と眼鏡を買いに行った二日後の月曜日。登校して教室に入ると「おっはよー、井神いかみくん!」と元気な瀬奈の声に出迎えられる。


「おう、おはよ」

「あれー、なんかテンション低くないかしらー?」

「逆にお前の方が高すぎるんだ。俺は平常運転だよ」

「ふーん・・・・・・それでさ、わたし、今日なにかいつもと違うところがないかしら?」

「そんな、付き合い立ての彼女みたいなこと言われても・・・・・・あ」


 俺はすぐに気付く。瀬奈のかけている眼鏡が変わっていた。丸い形こそそこまで変わって水色のフレーム。二日前、買おうとして変えなかった、あの眼鏡だ。


「昨日、親と買いに行ったのよ」

「そうか・・・・・・良かったな」

「井神くん、最初は青色が好きだって言っていたもんね。でも、水色もいいわよね。どう?」

「・・・・・・似合っているよ」


 瀬奈は俺の言葉を聞いて、満足そうに新しい眼鏡をそっと撫でる。


「ふっふ~。これ、井神いかみくんが選んでくれたんだよ。井神くんのアドバイスのおかげで、こういうイメチェンな色もいいかな、て選択肢が増えたのよ。ありがとね」

「いや、それほどでも・・・・・・」


 あいまいに返す俺。どうにも、そういう言い方をされると、照れくさい。


「あ、そろそろ始業みたいね。じゃ、また放課後に文芸部でね」


 そう言うと、瀬奈はくるりときびすを返して、自分の席へと戻っていく。


 なんか、眼鏡を買い換えて、性格まで変わってしまったみたいな気がするな。気のせいだろうけれど。


 ぼんやりと瀬奈の後ろ姿を見ながら、俺もイメチェンするかな、とかがらにもないことを考えるのだった。

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