文芸部のメガネっ娘同級生が、グラビアアイドルになると言い出した件
いおにあ
プロローグ 中学三年・四月
「わたし、グラビアアイドルになるんだ」
「へ?」
昼食の焼きそばパンを口に突っ込んだまま停止する俺。
最初、それはただ無意味な音として認識される。やがて数秒の後、水着姿でポーズを決める、不特定多数の女性たちのイメージとしてまとまってくる。
ここは文芸部の部室・パソコン室。午前で授業が終わり、午後から活動をしようと、とりあえず昼食をとっていたのだが。
口にしたままだった焼きそばパンを慌てて咀嚼し、紙パックの牛乳で流し込む。
「おい、待て待て瀬奈。いきなり大丈夫か?聞き間違いじゃないよな、グラビアアイドルって・・・・・・」
瀬奈は無言でコクコクと頷く。頬がほんのりと朱に染まっていた。だがその瞳には確固たる決意の光が宿っていた。そんな彼女の様子を見ていると、こちらもこう返すしかなくなる。
「・・・・・・分かった。頑張れよ」
しばしの無言の間ののち、やっとそう返した俺。
しかし瀬奈は、眉根を寄せて俺を見てくる。顔の距離が近いって・・・・・・。
「・・・・・・それだけ?」
「・・・・・・ああ、それだけだが」
ますますぶすくれる瀬奈。その顔を見て、俺は慌てて言葉の接ぎ穂を探す。
「あ、そうだな・・・・・・うん、頑張ればいいんじゃないか。グラビアアイドルの世界はよく知らないが、色々と大変だろうけれど・・・・・・でも、一生懸命頑張れば必ず道は開けるっていうし・・・・・・」
「なにそれ。
瀬奈は苦笑交じりにため息を漏らす。
「ま、いっか。
「む・・・・・・失敬な。そんなことはないぞ。ちゃんと三次元だって愛するぞ」
「じゃ、好きなアイドルとか女優さんとか、誰でもいいから挙げてみてよ。あ、もちろんグラビアアイドルでもいいわよ?」
瀬奈の問いに、沈黙する俺。一人の名前も出てこない。
「ほーら、やっぱり。二次元の女の子だったら、いくらでも出てくるでしょう?」
確かにそれは否定できないな。
だがしかし、だ。どうして三次元の女の子を、アイドルとか女優とかグラビアアイドルとかの、芸能人に限定するのだ。俺は心の内で密かに瀬奈に反論する。
別に三次元の女の子は芸能界にだけいるわけじゃないだろ。と俺は目の前にいる瀬奈を眺めながら思う。
しかし瀬奈は、そんな俺の胸中など構わず、話を続ける。
「とにかく!井神君がたとえ二次元にしか興味がなかろうと、わたしの知ったことじゃないの!もうなるって決めたんだから」
俺は努めて冷静に返答する。
「そうか。だったら全力ですればいいじゃないか。俺も陰ながら応援するからさ」
「陰じゃなくって表でお願いしたいんですけれど」
やたらと突っかかってくる瀬奈。どうしたらいいんだよ。
「分かったよ。表向きは応援するよ」
「つまり、裏では、心の底からは応援しないってわけ?」
ああ言えばこう言う。瀬奈って、こんな性格だったっけ?もっとこう、まっすぐな心を持った女の子だった気がするけれど。
「それじゃ、そういうことだから。わたし、忙しいから、これにて」
言いたい放題言って満足したのか、俺の返事も待たずに、瀬奈は荷物をまとめると、スタスタと部室から出て行った。
「なんだよ、それだけを伝えたくって、わざわざ来たのかよ」
ひとり呟く俺。
今日は午前中で授業が終わり、俺たちイラスト文芸部は、昼からこうして部活動をしようとしていたのだが。
瀬奈の水着姿が、頭の中にチラチラと浮かんでは消える。
・・・・・・ダメだな。せっかく半ドンだから、文章執筆に精を出そうと思っていたのに、集中できない。それもこれも、瀬奈のせいだ。
気持ちを落ち着けて執筆活動に専念しようと10分ほどは頑張ったが、頭の中で浮かんだ水着姿の瀬奈のイメージが薄れることはなく、色とりどりの水着姿に変身する彼女の姿が浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返し、俺の心は煩悩の沼に沈んでしまった。
「・・・・・・仕方ない。俺も帰るか」
俺は荷物をまとめて、帰宅の準備をする。
というか、マジで言っていたのだろうか。瀬奈の、グラビアアイドルになるという宣言は。
なにひとつ心が落ち着かないまま、俺は帰路に着いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます