第1話 中学一年・五月/中学二年・五月


 篠川しのかわ瀬奈せな。身長は、中学三年五月の現時点で160センチメートル(当人曰く)。体重不明(女子の瀬奈が、男子の俺に教えてくれるわけがない)。


 趣味は読書、イラスト、アニメ鑑賞。他にもまだあるかもしれないが、俺の聞いた限りだとこんなところ。


 成績は、そこそこ良い方。得意科目は国語と英語。苦手科目は理科。


 中学3年2組所属。ちなみに俺も同じ2組だ。彼女とは中一から中三まで、ずっと同じクラス。


 それともう一つ、彼女には大きな特徴があるのだが、俺の口から堂々と言うのはどうしてもはばかられる。ということで、中学一年、二年のときの話をして、その特徴について知ってもらおう。



中学一年・五月


 体育の時間というものは、とにかく憂鬱ゆううつなものだ。小学校時代から一貫して運動能力に恵まれていない俺にとって、苦痛そのものといってもいい時間だ。


 中でも特に最悪なのは――今日みたいなスポ

ーツテストが実施される日だ。数々の競技テストにより、俺の運動ができないという残酷な現実が、次々と白日の下に晒される日。劣等感にさいなまれる日。

 

「はあ~・・・・・・もうホント最悪・・・・・・」


 篠川しのかわ瀬奈せなは、肩を落とす。


 登校中、偶然一緒になった篠川と俺は、しばしの間、二人で並んで歩き学校に向かう。 


 彼女の愁歎しゅうたんに満ちた横顔を眺めながら、俺は訊く。


「篠川も体力テスト苦手なのか?」


 いかにも文学女子、て感じのメガネっ娘の篠川だ。運動ができないのも、むべなるかな。


 だが、篠川はゆっくりと首を横に振る。


「ううん。確かにわたし、あんまし体力ない方だけれど・・・・・・でも問題はそこじゃなくって・・・・・・」


 話していくうちに、段々と声のボリュームが小さくなってくる篠川。うーん、聞き取りづらいな・・・・・・。


「じゃ、何が嫌なんだ?」


 俺の問いかけに、篠川はカァァァッと頬を朱に染める。え?俺、何かマズいこと言ったか・・・・・・!?


 困惑する俺を、篠川はリンゴのように真っ赤な顔で俺を睨みつけてくる。


「もう!なんでもいいじゃない!!井神いかみ君のバカ!もう知らない!」


 そう言うと篠川はスタスタと足早に去って行った。


「まったくもう・・・・・・何なんだよ」


 彼女の後ろ姿を眺めながら、ぼやく俺だった。



中学二年・五月


「おいおい、井神。どこにいくんだ?」


 同じクラスの悪友・松清まつきよが、俺を呼び止める。


「どこって・・・・・・ようやくスポーツテストが終わったから、教室に帰るんだろ」


 やれやれ。今年もやっと憂鬱なスポーツテストが終わった。早く教室に戻って、ゆっくりしたいものだ。


 だが松清は、さげすんだ目で俺を見てくる。


「おいおい、井神。それ本気で言ってるのか?」

「本気?ったりめーだろ。とっとと休憩に入りたいんだよ」


 大体、サッカー部の松清と違い、俺は体力がないんだ。自慢じゃねえが。


 松清は、話にならんといった風に頭を抱える。


「あのさあ、井神。次の体力テストは何があるのか、知らないわけじゃないんだよな」

「あ?確か・・・・・・次は女子の20メートルシャトルランだったか」


 男子の俺には関係なかろう。だからとっとと教室に戻って休むのだと、さっきから言っているのだが。


 しかし、松清は我が意を得たとばかりに、声を一段と張り上げる。


「そう!そこなんだよ。つまりさ、次は篠川がシャトルランをするわけだろ?」

「そりゃ、女子だから当然受けるだろうな」


 松清が先ほどから何を言わんとしているのか、ほぼ察しがついていたが、俺は敢えて素知らぬ振りをする。


 だが松清は、そんな俺の努力もむなしくする。


「井神!もう時間がないから説明するが、次は女子のシャトルランだろう?つまりだ。あの篠川の巨乳がたっぷんたっぷん揺れるのを見れるってことだぞ!」

「・・・・・・」


 興奮気味にそう話す松清に、俺は沈黙と侮蔑をもって返す。どうせそうだとは思っていたよ。


 だが、そんな俺のささやかな抗議行動に臆することもなく、松清は話を続ける。


「なあ、井神。お前本当に大丈夫なのか?あの巨乳がだぞ、体操着越しに揺れるのを見たいと思わないのか?」

「思わない。二次元三次元問わず、巨乳には興味はない」


 嘘と本心を交えながら即答する俺。


 だが松清は、背後を振り返って高らかに俺に言ってくる。


「見ろ、あれを!篠川の巨乳の震動を一目見たいと集まっている、男子諸君を!」


 松清の指し示す方向には、学年の大半の男子がわらわらと群れをなして、篠川のシャトルランが始まるのをいまかいまかと待ち構えていた。発情した猿の群れか、こいつらは。


「・・・・・・それだけか?もう行くぞ」


 最大限の侮蔑を込めた視線を、松清以下発情したサルども、ではなく男子たちにぶつけて、後ろ髪を引かれる思いで、教室へと戻る。

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