第9話 中学三年・六月
「よし、みんなそろったか?んじゃ行くぞ」
担任の
中学三年生・六月。運動部にとって、中学校最後の晴れ舞台・市総合体育大会がいよいよ始まった。
土日を含め四日間、運動部は日頃の練習の成果をぶつけ合う。
だが一方、文化部の俺たちはと言うと――ご覧の通り、運動部の応援へと、強制的に駆り出される。
「はあ~、どうして運動部の応援に俺たちが行かなきゃなんねえんだろうな。文化部の大会に、運動部の連中は応援になんか来ないだろ」
「まあまあ
「ふん、女子の瀬奈に男子の俺の気持ちなんて分かんねえよ・・・・・・」
俺はぐるりと周囲を見回す。あっちもこっちも女子だらけ。というか、男は俺ひとりだけ。
毎年のこととはいえ、やはりこの雰囲気はどうにも慣れない。文化部男子なんて、俺含めて学年に数人いるかいないか。従って、必然的にこういうアウェイ状態になる。
不幸中の幸いというか、瀬奈がずっと同じクラスだったおかげで、三年間、完全なぼっちにはならずに済んではいるのだが。
「でもさ、井神くんの言うように、文化部の大会に熱い応援なんて必要かな?」
「うーん・・・・・・例えば、文芸部の発表会で、声援が合った方が、盛り上がるんじゃねえのか?」
「発表会って・・・・・・そんなもの、今まで一度もなかったでしょ。部内で読み合うのが基本だし」
呆れたように微笑む瀬奈。うん、確かにそれはそうなんだが。
「じゃあ、美術部の展覧会は?『この絵、マジ上手い!』『神だろこのクオリティ!』とか言いながら回っていけば、審査員の評価があがるかも・・・・・・?」
「絵の展覧会は、静かに鑑賞しましょう」
にべもなく瀬奈に否定される俺の意見。さすがにこの意見は無理があると、俺自身思っていたが。
「じゃあさ、文化部の中でも比較的運動部っぽい囲碁部や将棋部はどうだ?あれ、他校と対戦するだろ?だったら声援は必要なんじゃないのか」
「・・・・・・囲碁や将棋の対局中に、部外者が声援送ったりアドバイスとかしたら、反則負けになるのよ」
「え、マジ・・・・・・?」
それは知らなかった。でも確かに、ネットでたまにチラと見る将棋の対局とか、いつも静かだな。
「とにかく。私たち文化部が、運動部の応援に行っても、なにか悪いことってある?というかこれ、授業だからね。ちゃんと振替休日もあるでしょ?」
「まあ、そうだな・・・・・・」
瀬奈に論破、というか
俺たちが今日応援するのは、陸上競技だ。
あいにく、時期的にも、今日の天気は崩れ気味だ。しとしとと雨が降っている。
「こんな天気の悪い日に、陸上とかする意味あんのかね?中止でいいじゃん」
文句を口にし続ける俺に、またしても瀬奈が苦笑しながら突っ込んでくる。
「井神くん、雨苦手だもんね・・・・・・雨の日は休校にしろとかよく呟いているよね。でもどうして、そんなに雨が嫌なの?あれかな、低気圧で頭痛がするとか・・・・・・」
「いや、幸いにも、そういうのはまったくない」
首を振る俺。不思議そうに首をかしげる瀬奈。
「じゃあ、そこまで嫌う必要ってないんじゃないの?」
「・・・・・・単純に、濡れるのが嫌いなんだよ。雨の日は、一歩も家から出たくない、ていうかさ」
「うわ、めっちゃこどもっぽい感想・・・・・・」
「いいだろ、別に」
瀬奈の言葉通り、こどもっぽく唇を尖らせる俺。
「でもさ、その割には井神くん、毎年ちゃんとこの応援に参加しているよね。梅雨だからといって、学校サボったりもしないし・・・・・・」
「ああ、まあな」
俺は曖昧に言葉を濁す。
瀬奈の言うとおり、雨が苦手であるにも関わらず、俺は毎年欠かさずこの市総合体育大会の応援には参加している。いや、この応援だけではない。たとえ
べ、別に瀬奈に会いたいからってわけじゃないぞ?つーか、瀬奈とはいつも部室で会っているし。
だがもし仮にだ。瀬奈がこの中学にいなくて、別の学校に通っていたりしたら、多分俺は、雨の日はいつも学校をサボっていただろう。それだけは、確信をもって断言できる。
じゃあやっぱり、瀬奈に会いたいってことか。うーん、というより瀬奈がいれば、こういうときにぼっちにならずに済むから、てことかな。つまり安心感というか。
「井神くん、なにか考えこと?ぼーっとしちゃって」
「いや、なんでもない」
俺は慌てて意識を瀬奈の方に戻す。
「ふーん・・・・・・ま、いいけれど。あ、そろそろみたいね」
瀬奈の言うとおり、会場に到着だ。俺たちは、観客席に座っていく。
しとしとと雨の降りしきるなかだが、当然といえば当然だが、陸上選手たちは傘などさしていない。あんな薄着みたいな恰好で走って、風邪でも引かないのだろうか。
「「「
女子の黄色い声が、綺麗な合唱で響く。見ると、うちのクラスの
「あ、
「へえ、そうなのか」
「うん。将来的にはプロも視野に入っているとか・・・・・・わたし、スポーツの世界のこととか全然詳しくないし、乃愛ちゃんともそこまで仲いいってわけでもないから、よく分かんないけれど。でもすごいよね、もうこの時点で将来のこと、そこまで見据えているとか」
感心したようにそう言う瀬奈に、俺は返す。
「でもさ、そういうなら瀬奈もすごいだろう?グラビアアイドルなりたい、て目標があるんだし」
「あっ・・・・・・」
瀬奈は顔を赤くして、口に人差し指を阿泥当てる。
「しーっ!・・・・・・その話、まだほとんどの人にしていないんだからね。井神くんと、あとほんの何人か・・・・・・今ので、聞かれていないかな」
不安そうに周囲を見回す瀬奈。だが、我が校のエース・
「まだグラドルになるって決まったわけじゃないんだし・・・・・・
「分かったよ」
ていうか、まだそんなに話していなかったんだな。考えてみれば、瀬奈がグラビアアイドルになるなんて言い出したら、一部の男子がなにしてくるか分からない。当分、秘密にしておくのが、良い判断なのかもしれない。
単に、同じ文芸部だからなのだろうが、まだ秘密にしておきたいことを、瀬奈はいち早く俺に伝えてくれた。その事実に、ちょっぴり喜んでいる自分が、俺の中にいた。
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