第10話 中学一年・六月


井神いかみくんってさ、アニメとか見るの?」


 放課後。文芸部にて。篠川しのかわ瀬奈せなは、パソコンの画面に目を落としたまま、そう訊いてきた。


「アニメ?そうだなあ・・・・・・コードギアスとか、好きだけれど」

「ああ、あれね。面白いわよね。映画版は観ていないけれど」

「観とけよ。レンタルDVD、多分置いているぞ」

井神いかみくんって、まだレンタルショップに行く派なの?」

「ん?・・・・・・まあ、そうだが」

「わたしは、断然配信派ね。いいわよ配信は。特に、返し忘れがないところとかね」

「別に、配信サービスを否定しているわけじゃねーけど」


 現状、うちの街のDVDレンタル店で、過去作は一通り揃っているので、特に必要としていないという状況なのだ。今やっているアニメは、録画とニコ動とかのサイトで、適当に摂取している。


「まあ、鑑賞方法は置いといてだな。そういう篠川は、好きなアニメあるのか?」

「わたし?いっぱいあるよー。最近だと『月がきれい』とか。知っている?」

「知っている。個人的に合わなくって、1話で切ったけれど」


 正直、どんな話だったかほとんど記憶にない。確か、恋愛っぽい話だったっかな。タイトルからしても。


「えー、もったいない」

「ただの恋愛アニメだろ」

「それがいいんじゃん」

「・・・・・・アニメ、というかフィクション全体において、現代が舞台のは、あまり観ないし読まないんだ」


 やっぱこう、フィクションって、現実逃避のものじゃん。つまらない学校生活を忘れさせてくれる、そういうものをおれは虚構に求めているし、それが楽しみだ。なにが悲しくて、娯楽の時間まで、現実と地続き学校生活を見せられなきゃいけないんだ。


 だが、篠川はそんな俺の内心を読んだかのように言う。


「でもさ、現実と同じ舞台だからこそ、こんなのあり得ないっていうシチュエーションが展開されたら、ちょっと燃えたりしない?」

「いいや。むしろ、現実とのギャップにへこんでくる」

「そうかなー?ま、いいけど。井神くんは、イメージの溢れる世界で、思いっきりファンタジーな世界に酔いしれとけばいいのよ」

「別に、ファンタジーだけが好き、てわけじゃないけれど。攻殻機動隊とか、硬質な世界も好きだ」

「ふーん・・・・・・じゃ、井神くんが書いているのも、そんな話なの?」


 話題を変えてくる篠川。


「・・・・・・俺が書いているのは、批評だよ」

「へえ、なんか、カッコいいじゃん。ちょっと見せて」


 俺の方に身を乗り出してくる篠川。ちょっ、距離が近いって・・・・・・こいつ、俺のことを男子だと分かっているのか?そんな風に近寄られると、胸部が当たりそうだろうが。こっちの身にもなってくれ。


「おい、やめろ。見るな。大したことは書いていない。批評、というより単なる感想文だ」


 俺は篠川をブロックして、パソコンの画面を見えないようにする。


「えー、ケチー」

「いいだろ。完成したら、読み合わせのときに、いくらでも読めるから・・・・・・それより篠川の方は、なに書いているんだ。恋愛ものか?」


 今度は俺が、篠川のパソコン画面を見る番だ。


「いいよ。どうぞ」

「え?・・・・・・いいのか」


 思いのほかあっさりと身を引く篠川。なんだ、本当にのぞいていいのか。俺は恐る恐る、画面の方に視線を移し、声にだす。


 

「タイトル 月がきれい。月がきれい、というのは愛の告白として定番です。これは夏目漱石が翻訳したものと言われていますが、それは俗説のようです。そもそも、なぜ月がきれいなのでしょうか。隣にいるのだから、正々堂々とあなたがきれい、と言うべきなのではないでしょうか。女子としても、そっちの方がずっと嬉しいわけで・・・・・・て、なんだこれは?」


 瀬奈は、おかしそうに笑う。


「ごめん、なんかアニメの話してたら、そんな文章書いていたんだ」

「結局、見せる気ゼロかよ」

「まあまあ。今度の読み合わせのときにお楽しみに、ね?」


 悪戯いたずらっぽくそう微笑む篠川。まったく、こいつにはかないそうにないな。

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