第14話 中学三年・七月 その2


「・・・・・・すっかり忘れていたな、去年のことんなんて」

「えー、わたし、井神いかみくんが電話かけてきて、すっごく救われたんだよ」


 口を尖らす瀬奈せな。俺は彼女をなだめるような口調になる。


「まあまあ瀬奈・・・・・・分かったよ。その言葉はありがたく、受け取っておくよ」

「うむ。それでよろしい」


 即座に機嫌を直してくれた瀬奈。彼女は、視線を俺の方から、窓の外へと向ける。すっかり夏モードになった澄んだ青空を背に、もこもことした綿雲わたぐもが、白く輝き、存在感を出している。


 瀬奈は、何やら感慨深げな声で話す。


「あーあ、遂にわたしたちも受験生かー。中学校生活、あっという間だったね」

「俺は、そう思わないけれどな。なんだかんだ、充実していたし、良い意味で長く感じられたよ」

「そうなの?特に、そんな風には見えなかったけれど」


 きょとんと首をかしげる瀬奈。そんなに彼女を見ていたら、俺の内側から、様々な気持ちがあふれ出てきて、言葉として、口の先から漏れ出てくる。


「なんだかんだ、文芸部の活動が楽しかったってことさ。もちろん、瀬奈がいてくれたことから、てのもあるけれど」

「そ、そうなんだ・・・・・・」


 照れ隠しなのか、再び窓の外の景色に目を向ける瀬奈。その後ろ姿に向けて、俺は静かに語り続ける。


「小学生のときさ、中学生になるのがすげえ憂鬱だったんだ。中学に入ると、男子たるもの絶対に運動部、て圧がすごかったからさ。嫌だなー、こんな運動音痴の極まった俺、絶対使い物にならないって、しごかれるに決まっている。帰宅部で、毎日本でも読んどきたいよー、て、真剣に悩んでいたんだよ」


 瀬奈が、こちらの方を振り向く。その表情からは、まっすぐに俺の言葉を受け止めてくれていることが、伝わってきた。俺は安心して、話を続ける。


「でもさ。いざ中学に入ったら、文芸部ってのがあってさ。入学当初の俺にとって、正直救いの神みたいに思えたよ。これで、帰宅部だとうしゆびされることもなく、思いっきり本が読めるぞー、て」

「文芸部は本読むところじゃなくて、文章を書くところよ」


 瀬奈の突っ込みに「いいだろ、別に。要は文芸部が俺にとって相応しい場所があったってことなんだから」と返す。


「ま、それでも割と肩身が狭かったていえば狭かったんだけれどな。あいつ、男子のくせに文化部だぞー、て空気」

「うん・・・・・・それは女子のわたしには、いまひとつ理解できないわね」

「だろ?そもそも文化部男子は学年で俺ひとりだしな」


 そもそも我が校には、吹奏楽部、美術部、文芸部の三つしか文化部はないしな。どこの学校ももそんな感じらしいが。


「でも井神いかみくんは、そういう空気に流されず、ここまで来たわけよね。それって、ちょっとすごいと思うけれどね」

「そうか?ま、運動神経が壊滅的な俺からしたら、命でも狙われない限りは、この選択をしていたさ。一切、後悔はない」

「ふふふ、そういうところは、中一のときから少しも変わらない。実に井神くんらしいところよね。・・・・・・じゃあ、そろそろ入りましょうか」

「ああ、そうだな」


 いつの間にか文芸部部室――つまりパソコン室だが――の前に到着していた。瀬奈はドアに手を伸ばす。


「じゃ、開けるわよ」

「おう」


 さあ、行こうじゃないか。泣いても笑っても、中学最後の部活動の始まりだ。


 と思ったが。


「・・・・・・あら、閉まっているわね」

「あ、そっか。今日は午前終わりだから、まだ誰もパソコン室に来ていないから、鍵がかかっているのか」

「じゃ、職員室に取りに行くか」

「そうね。あ、美菜みなちゃん咲良さくらちゃん、お疲れ様~」


 廊下の奥から、文芸部員の河合美菜と河合咲良が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。


「美菜ちゃんたち、鍵は持ってる?」

「あら、閉まっているの?私たちも今来たのだけれど」

「んじゃ、みんなで職員室行くか?俺たちどうせ最後なんだから、一緒に鍵を取りに行こうぜ」

「そうね」


 中学三年・文芸部所属の俺たち四人は、こうして最後の部活動の支度したくをするのだった。

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