第18話 中学三年・八月 その3


『今週末の夏祭り、行きたい人募集中』


 文芸部のグループラインに河合かわい美菜みなが突然、そういうメッセージを投入した。


 いち早く反応したのは、篠川しのかわ瀬奈せなだった。


『はいはい、わたし、参加で!!』

『おっしゃ、瀬奈っちが来るってことは井神いかみも当然オーケーだよな』


 どういう理屈でそうなるのだろうか。俺には俺の予定があるかもしれないだろうが。実際のところは、何の予定も入っていないので、『参加』と短く返すほかはないのだが。


 自分でも素っ気ないなと感じるメッセージを俺が投下してからしばらくしてから、文芸部の河合かわい咲良さくらからの返信が入る。


『なになに?なんか、みんなして夏祭り行こー、みたいな雰囲気になっているじゃん』

『咲良はどうするんだ?』


 他の二人が反応しなかったので、とりあえず俺が返しておく。


『ちょっと待ってね・・・・・・うん、その日はいいよー』


 しばらくしてから、瀬奈が反応する。


『おおー、咲良ちゃんもいいみたいねー』

『おーけー。それじゃ集合場所はどこにする?』


 言い出しっぺの美菜が、色々と決め始める。 ということで、今年はひょんなことから、文芸部四人での夏祭りへ向かうことになった。



 夏祭り。なんだかんだで毎年行っているな。おととし、中一のときはひとりでぶらりと。去年は、松清まつきよたちと。そして今年は、文芸部の連中と。


「お待たせー、て二人とも浴衣かよ!」


 待ち合わせ場所に最後に登場した美菜みなは、浴衣ゆかた姿の咲良さくら瀬奈せなを見て、思わず突っ込む。


「いや、普通女子はそうじゃないかしら」

 と咲良は冷静に返答するが、美菜はそんなこと聞かず、


「いや、動きやすい服装の方がいいでしょ」

浴衣ゆかた、そこそこ動きやすいわよ」

 瀬奈がやんわりと言う。


「だったら、男子の井神いかみ甚兵衛じんべえで来るべきじゃないの?」

「いや、持ってないし・・・・・・」

「はいはい、そこまでにしよ。さ、行くわよ」


 美菜と俺の不毛な言い争いに、咲良が終止符を打つ。


 俺たちの夏祭りがスタートする。


 ヨーヨー釣り、金魚すくい。射的しゃてき。ありきたりだが実に楽しい、夏祭りの一場面。去年もおおむね同じようなことを松清たちとしたが、今年の方がより楽しい気がするのは、女子連中といるからか。それとも、単に瀬奈と一緒に回っているからだろうか。


「うーん・・・・・・射的も金魚すくいも、成果なしかあ。ちょっと残念だなあ」


 ちっとも残念じゃなさそうな口調で、瀬奈がそう言う。


「金魚、欲しかったのか?」

「まあね。わたし、今までペットとか飼ったことなかったから、ちょっといいかなって。井神くんは、ペット飼ったことあるのかしら?」

「ああ。それこそ、小一のときだかに夏祭りで金魚すくいでとってきたのが二匹、しばらく飼っていたよ」

「へえ、どうだったの?」


 瀬奈は興味津々といったていで、距離を詰めてくる。


「まだこどもだったから、基本的に世話は親が全部してくれたよ。一、二ヶ月くらいは生きていたかな」

「ふうん・・・・・・亡くなったとき、悲しかった?」

「まあな。よわい七つくらいで、命のはかなさを知ったな。今でも、うちの庭の片隅に、あいつらのお墓はあるよ」


 木の板を突っ立てただけの簡素な墓。あれもだいぶ、風雨にさらされて、色あせてきているな、そういえば。


「やっぱ、悲しいのかー。だったら金魚、とれなくて良かったのかな。そもそもわたし、お世話するの苦手だろうしな。・・・・・・でも、射的の景品は欲しかったなー」

「なにが欲しかったんだ?」

「あのデッカいプラモ」

「瀬奈、プラモの趣味なんてあったっけ?」

「ないけど・・・・・・なんか、ああいうこれ見よがしにドンと置かれている的を目にすると、つい欲しくならないかしら?」

「そうかなあ・・・・・・」


 瀬奈せな、こうみえて結構負けん気強いんだよな。


「ま、いいんだけれどね。これだけで」


 ヨーヨー釣りの戦利品である、青地に金魚のイラストがプリントされたヨーヨーを、楽しげに眺める。


「おーい、瀬奈っちに井神ー。のろのろしていくと置いておくぞー」


 いつの間にか俺たちよりだいぶ前の方を歩いていた美菜みなが、こちらを振り向いて、そんなことを言っている。


「それとも、置いていって欲しいのかしら?」


 美菜みなの隣の咲良さくらが、冷やかしてくる。


「はいはい、今行くわよー」

「瀬奈、あまり急ぎすぎるなよ。浴衣姿で転んだら、色々と悲惨だからな」

「はいはい、お気遣いありがとう・・・・・・でも、本当のところはちょっとは置いていって欲しかったかもね」

「ん?なんかいったか」

「なーんにも。さ、早く早く」


 瀬奈は俺の手を引っ張り、先んじて小走りに前に進む。されるがままになる俺。


 前をゆく瀬奈の後ろ姿。彼女のカラフルな浴衣、出店の鮮やかな電光、周囲に満ちる人々の喧噪。そのすべてが渾然一体となって記憶に深く焼き付けられていくのが、感じられた。

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