第19話 中学三年・八月 その4


「あれ、はぐれちゃった?」

「みたいだな」


 出店も一通り見て回り、食べたいものも食べて、残すは最後の打ち上げ花火となった頃合い。俺と篠川しのかわ瀬奈せなは、一緒に来ていた河合かわい美菜みな河合かわい咲良さくらの姿を見失ってしまった。


 まあなんといっても、すごい人混みだからな。恐らく、俺たちの住む市では最大級の祭りだ。はぐれるのも無理はない。


「んじゃ、二人を探しますか。だけれど、花火見るのにいい場所もとりたいしな・・・・・・」


 ぎゅっ。


 突然、俺の左手の先に暖かくて力強い感触がした。見ると、瀬奈の細い手先が、俺の手を握っている。


「・・・・・・井神いかみくんとまではぐれたら、さすがにマズいでしょ?」


 瀬奈はうつむきがちな姿勢で、こちらをチラチラと見ながら、小さな声でそう言う。


「・・・・・・分かったよ」


 そう返すのがやっとだった。


 いきなり手なんて握られたら、びっくりするだろうが。心の中で密かに瀬奈に抗議しておく。



 結局、捜索の甲斐かいなく、美菜と咲良を見つけることができないまま、花火まで間もなくという時間帯になった。


「瀬奈。もうあの二人を探しても仕方ない。花火、見ようぜ」

「うん、そうだね」


 ほどよくひらけたスペースを見つけたので、そこに滑り込む俺たち。


 空を見上げて、間もなく開始される花火のショーを待つ。


「なあ、瀬奈。・・・・・・もう手を離していいぞ」


 しばらくは移動しないし、はぐれる心配もないだろう。


 だが、俺とつながれた瀬奈の手には、より一層の力が込められる。


「・・・・・・いやよ。せっかくだから、花火までこのままにしときたいの。手汗とか、あんま気持ちよくないかもしれないけれど。そのときは、ごめんね」

「んなこと、気にしてねーし」


 心の中に広がる、さざ波のような動揺を悟られまいと、つい強がった口調になってしまう。


 なるべく左手の先に意識を向けないように、俺は晴れた夜空をじっと凝視ぎょうしする。


「ねえ、井神くん。初めて見た花火って、覚えている?」

「んー・・・・・・あんまし記憶にないな。多分、四才くらいのときに、この夏祭りのを見たんじゃないかな」

「ふーん・・・・・・わたしもそんな感じ」

「同じ街に住んでいたら、必然的ににそうなるだろうな」

「じゃあ、そのときもすれ違っているかもしれないね」

「かもな」

 

 ひゅるるるる~。どーん、ばらばらばらりりり。 


 まんして、花火が始まった。漆黒の夜空に、色とりどりの光が、咲き乱れる。


「きれいね・・・・・・」


 瀬奈の漏らした呟きに、俺は返す。


「ああ、そうだな」

「むー・・・・・・井神くん、そこは普通“君の方がきれいだよ”ぐらいの返しじゃないの?女の子と一緒にいる男子として」

「そうか?でも瀬奈、俺がそんな気の利いたこと言えるとでも思っていたのか?」

「・・・・・・思っていなかったけれど」

「だったらいいじゃんか」

「よくないわよ」

「なんでだよ。そもそも、花火の美しさと、瀬奈の美しさってさ、同じ“美しい”て言葉を使っているけれど、根本的に性質が違うんじゃねえのか?花火の美しさはさ、美術品とか工芸品とかのもので・・・・・・でも人間の美しさってのにはさ、その対象となる人間に対する愛が混ざっているっていうかさ」

「もう、井神くんったら屁理屈ばっかり・・・・・・あれ、でもいま、愛がなんたらとか言ったわよね・・・・・・ひょっとして、告白かしら?」

「ち、違うしっ!そりゃ、打ち上げ花火見ながらの告白とか、憧れるけれど・・・・・・てか瀬奈、これから芸能人を目指すなら、浮いた話とかのリスクは極力減らした方がいいんじゃねえのかよ」

「ふふふ、井神くん、慌てすぎよ。・・・・・・うん、でもそうね。井神くんの言うとおり、芸能界を目指すなら、恋愛沙汰とかでイメージを崩したくはないわね。あ、いよいよフィナーレよ。しっかりと、目に焼き付けとこうね」


 どんどんどんどんどんばらばりばらばりばらばりりり・・・・・・無数の花火が、夜空を埋め尽くす。


 毎年見ているはずなのに、どうして今年の花火は、こんなにも明々あかあかと、壮麗なのだろうか。去年より豪華になったから?いや、違う。これは俺の主観の問題だ。隣に瀬奈せながいる。その事実が、俺の感性を、これほどまでに高揚こうようさせ、研ぎ澄まされたものにしているのだ。


「瀬奈、ありがとな」


 ぽろりと、俺の口から言葉が転がり出る。それは、今の俺の、いちばん素直な気持ちだった。


「いえいえ、こちらこそよ」


 瀬奈は花火に負けないくらいの明るい笑顔で、返してくる。


 中学生最後の夏休みが、こうして終わっていく。実際にはまだ日数はあるのだが、多分これ以上イベントはないだろうな。そのことだけは、確信できた。

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