第26話 中学三年・十二月 その2


 女子の部屋に入ったのなんて、小学校低学年のとき以来だ。それも、そのときは複数人で入った。ひとりなんて、初めて。


「おじゃまします・・・・・・」


 瀬奈せなの部屋は、予想以上にシンプルだった。


 壁には、アニメのポスターが張られている。木製の勉強机の上には、教材と文具が綺麗に並べられている。一人用のベッドの上には、ぬいぐるみが何体か静かに並んでいる。


 女子の部屋って、いわゆる「女の子らしさ」が全開で、充満しているのだと、勝手に思い込んでいた。だがよく考えたら、同じ中学生なのだ。瀬奈だって、男子の俺と同じように、この部屋で受験勉強をしているのだろう。


井神いかみくん、どうかした?」

「いや、瀬奈の部屋が初めてだったから・・・・・・」

「あら、そんなに珍しかった?」

「んー、普通だけれど」

「じゃあ、いいじゃない。あ、そこかけておいて」


 瀬奈はそう言うと、部屋から出て行く。俺は彼女に言われた通りに、小さなテーブルの前に敷かれている座布団ざぶとんに座る。数分後に瀬奈が戻ってくる。右手にはお菓子などの詰まった紙袋、左手にはペットボトルのオレンジジュースが握られていた。


 紙袋の中から、紙コップを二つ取り出してテーブルに並べて、オレンジジュースを注ぐ瀬奈。紙皿を出して、その上にお菓子を山盛りにする。


 瀬奈はジュースで満ちた紙コップをかかげる。俺もまた、それにならう。


「それじゃ、井神くん・・・・・・メリークリスマスッ!」

「メリクリ」


 二人だけの、紙コップの乾杯。それから、お菓子をつまみながら、いつものようにアニメとマンガと、本の話をする。


「・・・・・・なんか、あんましクリスマスって感じがしないね」


 微かに苦笑しながらそういう瀬奈に俺は、

「ま、俺たち受験生だしな。こんなもんでいいだろ」

「うん・・・・・・でも、サンタさんの帽子くらいは、ドンキとかで買ってきても良かったかもね」

「かもな。ま、来年でいいんじゃねーの」

「来年かあ・・・・・・わたしたち、来年どうしてるんだろうね」


 遠い未来を見つめるような目をする瀬奈。日々、高校受験だと騒がしい俺たちの生活だが、いざ高校生となった自分を想像するのは難しい。


「来年のクリスマスは、こんな風にはいかないかもね」

 瀬奈は、どこか冗談っぽく、かすかに寂しさを漂わせた口調で、そう言う。


「どうしてだ?」

「そりゃあ、ねえ。高校生になったら、色々と変わるかもしれないでしょ?」

「変わるったって、こうして集まってクリスマスを祝うことくらい、できると思うけれど」

「んーん。それはどうかなあ。井神くんにも彼女ができて、その子と過ごすかもよ」

「なんだよそれ。俺が高校デビューするとでも?」

「しないの?」

「するわけねえだろ。てか、そういう瀬奈こそ、一年後はどうなっているかだよ。芸能界入りして、イケメンアイドルたちをはべらせて、クリスマスを過ごしているかもしれないだろ」

「それこそ、どういう意味よ」


 瀬奈は顔をほころばせる。


「だって、グラドルとか芸能界の中でも、特にモテそうじゃん」

「さすがは、二次元にしか興味のない井神いかみくんね。グラビアアイドルなんて、沢山いるんだから。なってから、どうやって競争を勝ち抜いていくか、よ。そんな、なったからといって、ホイホイ男が寄ってくるものでもないのよ」

「うわ、めっちゃ現実的だな・・・・・・」


 現実的、というかストイックというか。瀬奈にもこういう一面があったんだな。


「でもさ・・・・・・井神くんが彼女つくって、私もイケメン俳優だかアイドルだかをはべらせていも・・・・・・こうして、わたしたちのクリスマス会はきちんとやりましょう。ね、約束よ」

「・・・・・・分かったよ」


 現実的に、そういうシチュエーションになったら、かなりカオスだが、まあそういうことにしておこう。


「来年は、高一だからな。もちょっと、クリスマスらしくしたいな」

「ええ、そうね。サンタ帽子も用意しとくわよ」


 瀬奈がサンタクロースの恰好をしているところを、想像してみる。うん、似合っていそうだな。


 そのときふと、妄想の中の瀬奈のサンタ姿が、唐突に変化する。サンタ帽子に、真っ赤なビキニ。グラビアアイドルになったら、来年の今頃、瀬奈はそんな恰好でもしているのだろうか。


 情欲が、心の中を瞬く間に支配しようとする。理性が鎮圧を試みる。だが、一度妄想したビキニサンタの瀬奈の姿は、中々消えてくれず、俺は慌てて瀬奈から視線をそらす。


「井神くん、どうしたの?」

「いや、なんでもない・・・・・・そういえばさ、瀬奈ってゲームとかするの?せっかくだし、なんか一緒にプレイできたら、なんか思ったり」


 その場しのぎの言葉で誤魔化す俺。一方、瀬奈は俺の心の変化などには気付かない様子で、

「ゲーム?ニンテンドーSWITCHのスーパーマリオパーティならあったけれど・・・・・・」

「そうか。いいかもな、久しぶりにマリパも。小学生のとき以来だ」

「んー・・・・・・そうね。じゃ、リビング行きましょうか」


 瀬奈が立ち上がり、俺もそれに続く。


 これから先、こういう風に、瀬奈に対しての煩悩ぼんのうが、心を占領する日が、増えていくのかもな。グラビアアイドルなんかになったら、そりゃあもう・・・・・・。


 だけれど、それもすべて覚悟の上だ。この世に瀬奈のセクシーなイメージが、どんなに氾濫しようとも、俺は理性を保ち続けてやる。前をゆく瀬奈の後ろ姿を見ながら、固く決意する俺だった。



 その後、俺たちのふたりっきりのクリスマス会は、マリオパーティによって、つつがなく進行していった。来年がどうなるか、そんなこと分かるはずもない。だから、今を全力で楽しんだ。きっと瀬奈も、同じ気持ちだったはずだ。

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