第7話 中学一年・十一月
「はあ~、また
部室であるパソコン室に入ってきた
「告られた」という単語に、一瞬ドキリとする俺。とくとくとく、と心臓が自然と早鐘を打ち始める。
しかしあくまでも平静を装う俺。パソコン画面に目を落としたまま、表面的にはさして興味なさげな様子で、俺は瀬奈に返す。
「そうか。で、オーケーしたのか?」
パコンッ。瀬奈は手にしたペンケースで、俺の頭を小突く。
「・・・・・・バカッ。振ったに決まってるでしょ」
ちょっとだけ怒りをにじませた瀬奈のその言葉を聞いて、安堵する俺。だがそのことも表に出さないように、努めて無関心を装う俺。「
俺は、抗議の視線を瀬奈に送る。
「
「ええっと・・・・・・そりゃ、良さげな男だったらおーけーするんじゃないのか?」
瀬奈の醸し出す静かな怒りに、俺は恐る恐る答える。なんだよ、どう答えたらいいんだよ。
瀬奈の特徴的な声が、憤慨の色に染まっていく。
「もう・・・・・・そんな“いい男”なわけないでしょ、わたしに告ってくるような男がさ」
「どうしてだよ?せっかく告白してくるんだろ。つまり瀬奈のことが好きってことだろ。だったら別に――」
パコンッ。再びペンケースで叩かれる俺。
「ひどいぞ。なにも二回もぶつことないだろ」
俺の軽い抗議は、瀬奈の怒りに粉砕される。
「もう!井神くんっ・・・・・・わたしに告白してくる男子が、わたしのことを好きなわけないでしょ?」
「ちょっと待て、言っていることの意味が分からないぞ。告ってくる奴が、お前のことを好きじゃないとか・・・・・・」
実はこの時点で俺は、瀬奈の言わんとしていることが、なんなとなくは分かった。だがその内容を、上手く言語化できなかった。
思い出すのも嫌なのだろう、瀬奈は羞恥で頬を赤らめて、俺を睨みつけてくる。
俺も負けじと、瀬奈を見る。よく考えたら、見つめ合っているようなシチュエーションなのだが、俺たちの間には、とてもそんなロマンチックな空気は漂っていなかった。
しばし視線をぶつけ合ったのち、折れたのは瀬奈の方だった。
伏し目がちになりながら、ぽしょぽしょと言葉を紡ぐ。
「・・・・・・わたしにアタックする男なんて・・・・・・100パーセント、わたしの胸が目当てに決まっているでしょ・・・・・・」
泣きそうな目で俺を見てくる瀬奈。
薄々分かっていたことだが・・・・・・それでも、彼女にその事実を言わせてしまったことに、今更ながら後悔の念が湧き起こってくる。
瀬奈の胸元に目がいきそうになるのをすんでのところでこらえながら、なんとか言葉の接ぎ穂を探していく。
「・・・・・・ああ。そういうことか。うん、まあ、それはあれだな。そのうちきっと、胸のことなんか気にしない男がきっと来てくれるさ」
「井神くん、それ本気で言ってる?」
瀬奈はますます怒りを露わにして、俺を見てくる。そ、そんなに怒らなくてもいいだろ・・・・・・。俺は彼女を宥めつつ、反論する。
「落ち着け、瀬奈。じゃあ逆に尋ねるが、瀬奈の魅力は胸だけなのか?」
一瞬、なにを言われたのか分からないといった表情になる瀬奈。俺は構わずに話を続ける。
「瀬奈にはさ、胸の大きさなんかより、よっぽど魅力的な部分が沢山あるだろ?」
「具体的にはどんなところよ?」
詰め寄ってくる瀬奈。
「そりゃあ、いっぱいあるだろ。俺に優しいところとか。俺だけじゃなくって、男子全般に、いや女子にも優しいんだろ」
「男子にって・・・・・・まるでわたしが、男子に媚び売っているみたいじゃないの」
「いや、そういう意味じゃなくてさ。女子にも優しいんだろうな、てこと。もちろん俺は男子だから、女子のことまでは分からないけれど・・・・・・」
「つまり、男子の井神くんは、そう感じているってこと?」
「ま、そういうことだ。媚びを売っているなんて、微塵も感じていないぞ」
断言する俺を、瀬奈は面白くなさそうに睨みつけてくる。
「ふうん・・・・・・男子って、優しい女の子が好きだもんね」
「そりゃそうだろう。意地悪な女子より、親切な女子の方が好感度が高いに決まっている。そんなの、人間だから当然の反応だろう」
瀬奈は、肩をすくめる。
「それで、そのまま勘違いしてくるのよね・・・・・・あ、篠川瀬奈は俺に優しい。これって絶対俺のこと好きだろ?てね。本当、男って嫌になっちゃうわ」
「おい、どうしてそういう話になるんだよ」
さすがに、瀬奈のその視点はちょっと、人間不信、というか男性不信過ぎるだろう。
「俺はさ、あくまでも人間としての篠川瀬奈について話しているんだよ。男とか女とか惚れた腫れたとか、それ以前の問題として・・・・・・」
「・・・・・・でも、そう思われているんだから、仕方ないじゃない」
瀬奈の声が、徐々に悲嘆の色に染まっていく。
「はあ?どういうことだ」
素直に疑問を口にする。
しばしの逡巡ののち、彼女は意を決したように口を開く。
「・・・・・・一部の女子から、そう言われているの・・・・・・篠川瀬奈はビッチだ、男子に色目使っているんだ、て・・・・・・」
泣きそうな目をして、瀬奈はぽつりぽつりと、言葉を絞り出すように語り出す。
「あ、もちろんごくごく一部の女子だけって話よ!」
一転して、明るい口調――といっても、それは空元気によるものだが――になって、「ごくごく一部」という語を強調する瀬奈。恐らく、本当はごくごく一部なんて数ではないのだろうと察せられた。
俺から見ると、瀬奈はどちらかといえば地味で目立たないタイプだ。だが――その胸の大きさゆえに、彼女は否応なく男子からの注目を浴びてしまっている。
それゆえにというか、人一倍に男子から性的な対象として扱われる瀬奈は、必然的に女子からやっかまれているのだろう。もちろんすべての女子がそうではないのだろうが。
俺は深く同情してしまう。良くも悪くも特に目立つところのない俺。運動部とかでバリバリ活躍して、女子からの黄色い歓声を浴びたりすることなどまずない男子の俺からしたら、瀬奈の置かれた状況は、頭では理解していても、心で実感することは難しい。
・・・・・・瀬奈をこんなに悲しませるつもりなんてなかったのにな。実に不本意な方向に、会話が向かってしまった。
この会話をいい加減終了させないと。彼女に対して、なにか言葉をかけようとするが、上手く言葉が出てこない。パクパクと、まるで魚みたいに無音で口だけ動かす俺。
そんな俺の様子を見て、瀬奈は
「ふふっ・・・・・・井神くん、なにやってんの」
「適切な言葉を探しあぐねているんだ」
「なにそれ」
「だってさ。俺には分かんねえだもん。そもそも女子ですらないし。でも、瀬奈の持つ、こうなんていうのかな・・・・・・オーラ、みたいな?同じ部活にいる奴にしか知ることができない善の雰囲気、そういうのは篠川瀬奈に特有のものだと、断言できるな」
「・・・・・・もう、意味不明だよ。でも、なんか元気出たかも・・・・・・ありがとね」
瀬奈はにっこりと笑い、そう言うのだった。
その笑顔は、俺のこれまで十数年の人生で見たこともないような、とびきり美しいものだった。
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