第二話 オネダリ
それから数年し、地元の中学も卒業が迫っていた頃。
「今日、街外れにある小さな映画館に行きたいな」
突然、莉世がこんなことを言い出した。
そんな場所、俺は知らない。興味も無かったから。
「金ローでいいだろ。俺たち金無いし」
「そこは祐希が何とかするんだよ」
小学校の頃から、今世の莉世はこういったオネダリばかりするようになった。
無理なものは無理と断ってはいるが、どうもアルバイトの時給で余裕と付け足されてしまっては断りきれない。
「で、ワタシ様を頼りました、って?」
「ごめん……」
結局、見知った金持ちを頼らざるを得なかった。
莉世に連れられた先は確かに小規模なもので、スクリーンも視聴覚室程度の大きさしかない。
どうもオーナーである老夫婦が、子供たちに映画を格安で見せてあげたいといった好意で開いているらしかった。
「もともと、よく知ってる人と観に行きたかったからね。同じ楽しみを共有できるって、それは幸せなことじゃないかな」
「ワタシ暇じゃないんだけど。あと何で大きいとこじゃないの」
「と言いつつ、着いてきてくれるんだね」
満足げな彼女と違い、令嬢は不満げな様子でため息を吐く。
「優先順位をつけたら、お前らになるでしょ。どうせ千五百円で済むし、ハエ宮は後一周しか無いんだし」
「そういうところ、本当に変わったよな……」
「ワタシの何を知ってるって?」
「ああいや、こっちの話」
あれだけ憎んでいた相手が、こうも侮蔑の感情を抑えてくれているだけで簡単に話せるだなんて。
世界は確実に、良い方法へと変わっている。そう実感していたが、どうも本人は話題を逸らそうとポスターに指をさす。
「……にしても、これ」
「うん。『シャークVS
「もっと他に無かったの?」
「いや、うん」
他には語り尽くされた昭和の名作や、同じような奇天烈タイトルしかない。オーナー夫婦の趣味なのだろうか。
「映画といったら子供向けアニメの劇場版DVDと、金ローしか観たことなかったから。私が観たいと選んだものを、友達と一緒に観てみたいなって」
「だからってB級どころかZ級のタイトル選ぶ?」
「しっ、言うな」
莉世のオネダリは、このような頓珍漢なものが多い。
カラオケオールや夜の河原の散歩は可愛いもので、放送室をハイジャックしてほしい、花火の火薬とパチンコ玉で爆弾を作って欲しいなどといった可愛くないものもあった。
ひだまり園ではお小遣いが無いため、ザギンでシースーや浦安の夢の国といった金のかかり過ぎるものは断っている。
だがギリギリ実現可能なものは何とかして成し遂げてきて、その度に説教されていた。
「こんなのを映されるプロジェクターが可哀想すぎるんだけど」
「観てから言おうぜ……」
案の定、こんな映画を観に来る物好きは俺たち以外には二人しか居なかった。それも冴えなさそうなオタクっぽい人間だ。
しかし期待で目を輝かせている本人の前で、そんな観てもない作品を貶すことは言えない。
「なんっだよ、この展開……」
そう思えたのも最初だけだった。
奇抜なのはタイトルだけ、あとは園の数少ない娯楽である金ローで見たような展開、いやその劣化的な表現が多すぎたのだ。
結果、二時間モノのくせに体感十分程度で飽き、思わず酷評を呟いてしまっていた。
「出ていい? 狂いそうなんだけど」
「すまん、俺も出たいけど莉世がメチャクチャ楽しそうに観てる」
「えぇ……」
金まで払わせた七瀬には本当に申し訳ない。来世で必ず埋め合わせをしようと心に誓い、何とか拷問のような時間を潜り抜けると。
「すっっっごく面白かった!」
「は、はは……」
「あ、はい……」
俺たちとは対照的に、晴天のような輝かしい笑みを浮かべていた。
「さて、次は」
「一つ言いたいんだけど」
調子に乗っていた少女へ、七瀬が制するように口を挟む。
「それやり続けて、カチナシは本当に幸せなの?」
「……」
普段なら言い返そうとするであろう莉世だが、流石に映画代を出してもらった手前、何も言い返せなくなっていた。
俺だってそうだ。あの二人のように、誰かのため動けば幸せになれるのか疑問に思い始めている。
だが、それだけ莉世には借りがある。少しでも返さなければ、そう思い続けていたのだ。
「そりゃ貴女は幸せでしょうよ、好き勝手できて。けど振り回される身にもなってみ、マジでつまんないから」
でも、言われてようやく気付いた。頭の中にかけていた霧が晴れるように。
そうハッと見開いた俺の眼に、莉世の綺麗な顔が覗き込んでくる。
「なら、祐希のやりたいことって、ある?」
「……」
確かに、前まで俺にやりたいことなんて無いと思っていた。
でもこうして彼女に振り回され続けて、嫌いだった奴とも対等に話せるようになって。
思い出を、思い出したくない記憶も含めて、すべて頭の中で並べて、初めて気付いた俺『たち』の心願。
「……一つだけ、いいかな」
ようやく、俺が。
いや、俺たちが心からしたいと思えることが、見つかった気がしたんだ。
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