三周目
第一話 リブート
必死の思いで職を手に入れたはずの人生は、あまりにも呆気なく幕を閉じ。
「オギャア! オギャアア!!」
二十歳から赤子に戻ってしまった俺は、とにかく泣いた。泣いて、泣き続けた。
(いや違う、いまの状況を整理しなければ!)
一周目と同じくらいの時期に、俺は心臓系の発作か何かで突然死してしまった。
その際に聞こえた「未練を晴らせ」という言葉。
最初のときは「本当にいいのか」という確認だった。つまり、これを言ってる何者かの意思により、俺は強制的に同じ人生を歩まされているってことになる。
それも二十歳くらいに死ぬ、という制約付きで。ふざけてんのか。こんな低スペ人間に寿命タイマーを付けるんじゃないよ。
(とにかく、未練を晴らせば何とかなるのか?)
二周目のときにブラッシュアップした未練は、次の六つだ。
母親を破滅させる。
借金をせず、ちゃんとした学校を卒業する。
就職して社会的地位を手に入れる。
父さんに楽をさせる。
そして……
(就職はした。コンビニバイトだけど、何百もの求人を周って掴み取ったものだし、一年以上も続けられたし、これでいいだろう)
なにより俺自身が満足しているしな。
おかげで対人能力は身に付いた。意外と力仕事や単純作業にも向いていることもわかった。
だから父さんに楽をさせることは、いまの俺でも可能だろう。
しかしそれまでに母が蒸発しないこと、これが借金と父親孝行の条件になってくる。
(加えて母の破滅も実行しなきゃならない。七瀬美香と花宮さんのこともある)
やる事が多すぎる。これを一度には出来ないだろう。
そのときは、永遠に人生を繰り返すことになるのだろうか。
(ともかく今は、母と七瀬美香の行動に注視しないと)
敵を知れば戦いも怖くない、みたいなことを聞いたことがあるからな。
だから耐えろ。とにかく行動を観察するんだ。
「カチナシに構ってあげてるだけ、ありがたいと思いな、よッ!!」
また父さんがクビになってしまうのは嫌だ。だから、クソビッチの陰湿な暴力にも耐えて。
「さっさと食べて、あっち行ってなさい。邪魔だから」
居間の隅で、勉強しつつ親の動きを凝視する。
(まずは動機を知らなければ。七瀬美香は、まあ言わないしボロ出さないだろうけど……)
こうして観察し続けて九歳になった頃。
ようやく、母の動きに異変が現れる。
……かと思っていた。
(えっ、え、は?)
帰り道を外れた街道で、俺は偶然目にしてしまう。
(嘘だ、だって……食品工場で仕事、しているはずだろ!?)
鼻の下を伸ばして軽い化粧をした女性の肩に手を回す、父さんの姿を。
(嘘だろ……父さんが? 母親じゃなかったのか?)
お世辞にも俺の母は美人とは言えない。天然パーマで身体は小太り、厚い唇を開けば誰かの悪口陰口。体型以外が遺伝したのかと思うと嫌になってくる。
だのに、そんな女に近付く物好きがいるとは思わなかった。
一周目の俺が気付けなかったのは、きっと何も知らなかったか馬鹿だからかの二択だろう。
(その前提が間違っていた。もっと、複雑だった!)
父だって冴えなさそうなフリーターだ。しかし身嗜みには人一倍気を遣っていたし、お札は必ず上下を揃えて入れる人間だ。
そして、深く詮索せずに息子を支えてくれる。そんな父さんが俺は好きだったし、恩返ししたいと思っていた。
(いや、待て。これは些細なことじゃないかもしれない、だって、ならなぜ母さんは!)
親にはいつも、「公園で遊んでくるから遅くなる」と言ってある。だから天敵に捕まらなければ、放課後は調査に時間を回せた。
だが今日は逃げるようにして家へ真っ直ぐ帰った。居間と調理場、部屋が二つにトイレしかない狭々とした小屋へ。
(……っ!)
だが窓の向こうに、男の影。図体はデカく、まるで凶暴な熊のようだ。
(そっか……破滅してたんだ。最初っから、俺たちの家庭)
この瞬間だけは、知識が年相応だったら良かったのに。
隙間風と入れ替わるようにして漏れる耳障りな母の声に、俺は嗚咽した。
(なんなんだよ……どうしてこんな家に生まれて来ちまったんだよ!!)
これでも母は貧しい家に金を入れるため、週三でパートに出てくれていた。
それに料理もしてくれていた。思い出にも残らない味だったが、子を育てようという気概は少なくともあったはずなんだ。
(このあと、あの男に使い潰されるんだろうな。チラリと刺青も見えたし、まるでヤミ金の人みたいだ)
それに……父さんは、どうすればいいんだ。
前世までだと、ちゃんと俺を育ててくれた。だが隙があったら、きっと先に俺を捨てただろう。
でも。それでも、父さんは嫌いになりきれない。未練のせいもある、だけど細い身体が壊れるまで尽くしてくれた俺の憧れの人を嫌いになったら、俺が俺でなくなるかもしれない。
だからこそ。
(……誰の許可を得て不幸になってんだよ。俺らを不幸にしたくせに)
母親は、父さんや俺の知らないところで勝手に消えるなんて許さない。
せめて俺たちの目の前でぶっ壊れろ。そのためにも、俺が手を下さなければ。
その一週間後、母は俺たちの前から姿を消した。
父さんは酷く取り乱し、同時に自分のしてきたことの重大さに気がついた様子だった。
(ともあれ、今回の人生では母を不幸に出来なかった。未練を果たすこともできず再び寿命を迎えるだろう)
せめて家事は今まで以上に手伝おう。
後悔してくれるだけ人の心があるのだから。
(なら……次は)
小中と九年かけて俺をなぶってくれた仇敵。
コイツへの復讐を考えなければ。
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