第三話 トコヤミ

 高校に入るまでの記憶といったら、それはもう真っ先に虐め問題が来る。

 一周目のときから、なぜ自分がこんな目に遭わなくてはいけないの、いまだに理解ができない。

 だから俺は、小学一年のときから先生を頼ることにした。

 生まれ直してしまったんだ、ならば何もせずに借金からの人生終了コンボを決めてたまるか、と。


「少しは七瀬さんのことが可哀想だと思わないの?」


「――ぇ」


「友達の居ない貴方に構ってあげてるんでしょ?」


 返ってきた答えがこれだった。しかも無表情で。


(違う。アイツに俺の人生は壊された)


 反論したかった。でも背中を見て、言っても無駄なんだろうなと悟ってしまった。

 俺の父さんは、アイツの父親の職場に勤めている。でも前世では突然クビにされ、一文無しになり、母は他の男を作って蒸発。

 それから男手一つで育ててくれたけど、中学のときに体を壊して亡くなってしまった。


(それを皆の前でネタにして、嘲笑うような奴なんだぞ、あのクソ女郎は!!)


 いまもこうして虐めの原因を作り、カーストを最下層にまで落としてきている。そう現世で起こった事実を訴えても、考えすぎだと笑われた。


(前世でのことを話しても仕方ない。精神病院にぶち込まれるかもしれないし)


 悔しさで胸を埋め尽くした帰り道。朝は雨が降っていたため傘を持って帰っているとき、突然出てきた上級生に道の外れまで引き摺られた。

 そして目の前にいたのは、見下すように口角を上げた七瀬美香。


「おい、何か言うことあるよな?」


「はっ?」


「トボけんな!」


 そう怒鳴りながら、蹴りを一発入れてきやがった。


「お前が、チクったせいで、少しヒヤヒヤしたじゃ、ねえか!!」


 そしてうずくまる俺の身体を、顔を、何度も何度も蹴りつけてくる。

 前世の経験からこうなることを予想していた。だが、まさか本当に起こるとは。それも考えられる限り最高に陰湿な方法で。

 そして、身体の大きな上級生たちもアイツにヘコヘコ、ヘラヘラしている。

 情けない。目の前の独善者へ、そしてこんな連中に少しでも頼ろうかと考えた自分へ、沸騰するような怒りが込み上げてきた。


(……もういい)


 どうせ二周目だ。前世でも不当な扱いをしてきたんだ。


「いっ――!?」


 俺の身体を蹴る足を両手で掴むと、思いっきり噛み付いてやった。


「何すんのよこのクズ!!」


 そう言って、奴は俺の顔面をサッカーボールのように蹴り上げた。

 のけぞる俺を指差し、やっちゃってと号令をかける。すると数人の男が俺の身体を踏みつけ始めた。

 痛かった。苦しかった。でも、それでも俺は諦めずに立ち上がってはまた踏みつけられていた。


「帰ろーぜ」


「お前、明日もボールだからよろしく」


 やがて上級生の連中は飽きたのか、そのまま帰って行った。

 俺はというと、ボロ雑巾みたいになっていた。顔が腫れて目が見えなくなり、肋骨が何本か折れていた。血反吐と吐瀉物まみれになっていた。


「は、はは」


 だが、俺の心は満たされていた。


「……キモッ」


 あのクソビッチの焦った目は初めて見た。上級生ですら従えるアイツに、少しでも反抗できたのだ。

 二周目の人生で初めて、俺は満ち足りた気持ちになっていた。


 気がつくと、家に寝かせられていた。部屋を出ると、両親が神妙な面持ちでテーブルに座っていた。


「起きたの。なら来なさい」


 母に呼ばれるまま席に着くと、父さんは重い口を開けて言った。


「父さんな。仕事、クビになった」


「……は?」


 おかしい。クビになるのは俺が小学校四年の頃のはずだ。


「社長の娘に噛み付くような奴の家族は雇えない、って」


 俺は絶句していた。蛙の子は蛙ということか。

 母が俺の胸ぐらを掴み、半狂乱になりながら叫ぶ。


「どうしてくれるのよ、貴方のせいで!!」


 俺のせいじゃない。


「父さんは会社を辞めさせられたのに、なんで貴方は平然としているの?」


 そこまで言うのか。


「貴方なんて」


「それ以上言うな!!」


 父さんが大声を出した。あまりの大声で耳鳴りが起きるほどだった。


「この子が悪いんじゃないんだから、そんなこと言うんじゃない。自分の子供を信じてやれない親がどこにいる!」


「……ッ」


「生活費なら父さんがどうにかする。だから、この子を責めないでくれ」


 それからのことはあまりよく覚えていない。一家離散の運命が三年早くなり、中学に入る頃に父さんが倒れた。

 生命保険で食い繋いではいたが、七瀬美香から嘲笑われ、もはや俺の立場は前世よりも悪くなっていた。引っ越しに使う金の余裕も無いため、毎日殴られ、蹴られ、罵詈雑言を吐かれ――


〜〜〜〜〜〜


「そして、君が声をかけてくれた」


「ふぅん」


 花宮さんは、興味なさげに頬杖を立てながら聞き流していた。

 でも、俺の声は張りを取り戻しつつある。


「で、なにがしたいか。決まった?」


「もちろん」


 今なら胸を張って言える。何がしたいか。


「俺を不幸にした連中、ソイツらよりも幸せになってやる」


 たとえ不幸になったとしても自業自得だ。

 復讐して、俺は幸せになってやる。

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