第四話 ケッシン
「……ふぅん?」
俺の決意を聞き届けた花宮さんが漏らした声は、今までで一番気持ちが入っているように聞こえた。
「幸せになるって、具体的に?」
「
「うん」
「クソ母の破滅も見届けて」
「うんうん」
「借金も借りずに学校を出て、ちゃんと就職して父さんに楽をさせて!」
「うんうんうん」
身を乗り出すように頷く彼女に、俺は瞳に一条の光を走らせ、吐き出す。
「花宮さんと、結婚する!!」
「うん、お断りします」
「言えって言ったのそっちだろ!?」
「だって他人の不幸を願う人と付き合いたくないし」
当然だろう。でも、そうでもしなければ幸福感を得られないんだ。
俺は幸せというものを知らない。だからこそ、世間一般で言われる平凡な生活が幸せなのだと思っていた。
でも、いまは違う。
「まあ合格かな。そのエゴがあれば、きっとこれからどんな事があっても乗り越えていけるんじゃないの?」
花宮さんが立ち上がり、荷物をまとめようとする。
だがその姿が、何故だか遠く見えて。
「え、それって」
「明日からが、音無君の人生のスタートラインってことだよ」
「待って!」
気がつくと俺は、彼女の腕を強く引いていた。
「え、なに」
「あっ……そうだ、明日お礼したいんだよ。映画館! 映画館で、朝から晩まで入り浸りってのはどう!?」
「……必死な男はモテないぞ」
「えっ、あっ」
どうしてこんなことをしたのだろう。
いや、その理由はわかっているはずだ。だって、今日は高校二年生の七月八日。
「なんか、その……もう、会えなくなるんじゃないか、って。二度と、花宮さんに、会えなく」
「大丈夫」
嫌だ。だって、明日は。
「また会えるよ。それまでに」
そう彼女が、俺の弱々しげなデコを人差し指でツンと押してから、手を振った。
「少しは私に誇れる男に、なっときなよ?」
そして、花宮さんは。
「待って、お願いだ……待ってぇ!!」
次の日、トラック事故に遭って亡くなった。
〜〜〜〜〜〜
それから俺が何をしたかは覚えていない。どうなったかも覚えていない。
気がついたときには一週間がたっており、布団は涙で汚れ、カップ麺の残骸が部屋に散乱していた。
「花宮さん……」
俺はこの世界で、初めて涙を流した。
葬式は密かに行われたらしい。俺には知らされなかった。結局俺は、彼女の世界には入れなかったのだ。
気がつくと、机の上に退学届が置かれていた。あの空間に、ポッカリと穴が空いたように花宮さんが居なくなったのが耐えられなかったのだろう。
(……奨学金も残っているよな)
とりあえず、この現実から離れたかった。
だから今は、花宮さんのお墓参りをしているところだ。父さんの生命保険は尽きかけていたし、働きたくても見た目とコミュ力のせいで働き口も無い。
それでも毎日通わなければ気が済まなかった。花宮さんは、今頃何してるだろうか。
(花宮さんは……生まれ変わるのかな)
その答えは分からない。
(花宮さんは……来世では幸せになれるのだろうか)
ただ、願うことしかできない。
「花宮さん……会いたいよ……」
いつの間にか、また俺の目からは涙が溢れ出し頬を伝っていた。
「……俺、本当に花宮さんと結婚したかったんだよ。本気で好きだったんだよ、また会えて本当に嬉しかったんだよ」
このあと俺は闇金から金を借りる。奨学金の催促に追われ、これを返すためにギャンブルをする。
挙げ句の果てに闇金から金を借り、追われる身となり、悔いはあれど失うものはないため首を吊った。
運命は変わらない。七瀬美香に貶められる。母は蒸発する。父さんは過労で倒れる。そして……花宮さんが死ぬ。
また俺は破滅するのか。神がいるなら問い詰めたい。何故だ。何故この、音無祐希という惨めな存在に再び生まれ直させた!
『少しは私に誇れる男に、なってなよ?』
「っ!」
彼女の最後の言葉が蘇る。
そうだ、俺は彼女に誇れるようにならなきゃいけないんだ。
人生を幸福で彩らなければ。自分に自信を持たなければ。
たとえ親、環境、容姿、才能すべてのガチャに外れた消しカスのような存在でも、幸せになれることを証明するんだ。
「俺に生まれ直したのは、きっと後悔があったからだ。今からでも、遅くはない」
前を向け。彼女の墓前だ。
この決意を噛み締めろ。そして思い出せ、なんど吐きそうになりながらもブラッシュアップし、叫んだ俺の幸せを。
「必ず幸せになってみせる。花宮さんの分も、必ず」
俺に優しい人たちは幸せにする。だが俺を貶める奴らは、皆不幸にしてやる。
そのためにも、まずは小さな事から始めねば。高校を出て働き、社会に溶け込み。
研ぎに研いだ牙を、奴らの喉元へと向けるんだ!!
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