第七話 シンジツ

 七瀬美香。俺が復讐した相手。

 今まで高校は何処に行ったかわからなかった。まさか、こんなところで相対するなんて。


「カチナシ……どうして、お前がこんなところに」


「コッチの台詞だよ。成績良かったし、もっと良い高校行けただろ」


「どの口が!」


 発散できなくなり溜め込んだストレスは、俺が見てもわかるほど髪や肌に現れていた。

 随分と早くから垢抜けていたはずのお嬢様も、すっかりみずぼらしくなり、なにより怯えて震え続けた肩が容姿のバランスを非常に悪くしている。


「パパには捨てられた。ママも出てった。親戚のアテを辿ってたどって、こんな学校で特待生にならなきゃいけなくなった!」


「お前もか。やっぱ優秀だな」


「一緒にすんな、吐き気がする!」


 まるで親の仇を見るかのような目だな。

 その原因を作ったのは、いったい誰だ?


「……なあ、お前。この車椅子の子を見て、どう思う?」


「は? ワタシのほうが可哀想でしょ」


「……そうかよ」


 この期に及んでも、それか。

 もはや尊敬すら覚えるよ。


「祐希」


「わかってる」


 見ていられなくなった俺は、押している車椅子と共に踵を返す。


「今後は関わらないようにしよう。互いのためにも」


「……死ね」


 腐り切った品性から出る言葉を背に受けながら、俺たちは桜の木がある校門へと歩みを進める。


「……これで終わりだといいけど」


「もう復讐は済んでる。これ以上、嫌なヤツに関わる必要なんてない」


「それはそうだけどさ」


 なにか含みのある様子で莉世が呟く。

 その意味を、俺は理解できなかった……


「……そうだけど、なに?」


 否。理解しないといけない。もう逃げてはいけない、聞けるときに聞いておかなければいけないんだ。


「祐希は、どうやって復讐したの?」


「そりゃ匿名掲示板だったり、マスコミに晒したり」


「……確かにインターネットは強力だよ」


「二周目でコンビニバイトをしていたときに散々見たからな。スマホ弄ってる客」


 それで、不特定多数の人にも発信できるのではないか。

 そう思い、密かにソレを使った有効的な復讐方法を精査し、実行したのだ。


「でもね。炎上ネタって、一生残り続けるんだよ」


「えっ?」


 咄嗟に聞き返し意識を向けようとしたとき。


「……あれ、七瀬美香じゃない?」


「ナナセフーズの? しかも虐めの常習犯で、殺人未遂までしたっていう」


 聞こえてきてしまった。

 俺が有名にした事件の噂が。


「……いや、すぐ収まるって。だって何年前の話で、しかも当事者じゃないんだろ」


「小中学校のときは、そうだったかもしれない。県の新聞程度なら、風化したかもしれない。でも、インターネット黎明期の、炎上ネタってのは不味すぎた」


 そう、彼女は一生を台無しにした相手を真剣な面持ちで心配している。

 俺は大丈夫だと思っていた。いや、思いたかったのかもしれない。

 だが入学式から日を増すごとに噂は広がり、雪玉のようになり、とうとう大義名分を得た生徒たちによる私刑まで行なわれるようになっていた。


「関わらない、俺は、もう」


「そう言っている場合じゃないよ」


 俺はアイツと同じなんかじゃない。アイツが悪い。莉世の人生を奪った七瀬が悪い。


「私たちが前に連れ去られたのって、中等部の終わりくらいだったよね」


「……っ!」


 ダメだ。やっぱり、そうなのか。


「私のことはいい! 行って!!」


 偶然近くにいたクラスメイトに彼女を託し、駅までの帰り道へ駆け出す。

 奴が何処にいるのかはわからない。だから通学路を辿るしかなかった。


「七瀬いたじゃん、めっちゃ歩くの速くね?」


「それより数学のアイツがさー」


 そんなものだ。虐めっていうのは暇潰しみたいなもの。

 加害者は一時の快楽のため、被害者に一生消えない傷を与え続ける。


(方向と時間から考えると……やっぱ駅か!)


 考えは合っていたようだ。すぐさま一番安い切符を買い、ホームへ駆け込む。


「七瀬ッ!」


 奴は一番奥で車両を待っていた。常に中心に居たはずの彼女が、今では誰にも触れられないようにしていたのだ。


「……関わるなって言っときながら。ワタシの無様な姿でも見に来た?」


「違う! お前が心配で」


「なら何で会社の不祥事バラしたの? なんでパパの会社潰したの!?」


「それはっ……!」


 最もだ。たしかに復讐したかったが、その手段を誤った。

 思い返せば前世までナナセフーズは、ここまで酷い企業じゃなかった、つまり。


『間もなく電車が通過します。黄色い線の内側にお下がりください』


「……ああ、いいよ。そんなにワタシが憎いんでしょ」


「っ、よせ! 早まるな!」


「やっぱりぃ! こうすれば、アンタの心に一生モノの傷を負わせられるんだぁ!!」


 無我夢中で押し倒そうとしたせいで、取っ組み合いになる。

 遺伝子や才能の差なのか、七瀬は毎日鍛えているはずの俺よりも強かった。それでも、絶対にそんなことはさせない。この腕を離すものか。


(どうか、次のワタシは、許してあげて……)


 もうわかってるんだろ。

 ループの条件は。


「ぅっ!」


 しまった、投げられた。まずい!


「こんな女子にも負ける雑魚に傷を負わせられるんだ。ぜんぜん問題ない」


 聞こえているんだ。奴にも、あの声が。


「っ、やめろぉおおおおーーッ!!」


 絶叫は電車の轟音に相殺され。


音無祐希おとなしゆうき。お前を、一生呪ってやる」


 ハッキリと、未練を込めた呪詛を遺して、七瀬美香は背中から落ちていった。


〜〜〜〜〜〜


 止まった電車。遅延を知らせるアナウンス。ブルーシートを掛けながら駆け回る職員。迷惑だと悪態を吐く学生たち。


「……はは」


 悲鳴と怒号が混ざり合うカオスの中。

 俺は、ただ嘲笑うことしかなかった。


「アッハハハッハハ! 罰が当たったんだ! 散々人を馬鹿にして見下して、最後まで遅延で迷惑かけるんだな! ザマァみろ!!」


「なに言っていんだ、人が飛び込んだんだぞ!」


「君、ちょっとこっち来なさい!」


 強い力で引っ張られる。だが関係ない、だってアイツが悪いのだから。


「死んだ! お前は死んだ! 十五歳で死に続ける地獄へ堕ちたんだ!」


 もう、お前は変われない。

 未練を晴らすため、七瀬美香という人生を歩み続けることになる。


「お前は、自分で……じぶん、でぇ……」


 そして、その原因を、作った……のは。


「……殺しぢゃっ、で、ぁあ……ごべんなざぃ……っ!」


 二○一三年四月十一日、午後四時十二分。

 七瀬美香のが、終わった。


 その後、送られた精神病棟で聞いた神の言葉は『あと三周』というタイムリミットだった。


〜〜〜〜〜〜


 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 ☆やいいね、レビューなどをくださると励みになります!!


 来週からは六周目がスタートします。

 復讐を遂げた代償は、あまりにも重く。

 音無は何を思い、最後の未練を果たすのか。


 お楽しみに!

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