第六話 ウンメイ
復讐を遂げたせいで、小学校での俺の立ち位置は「触れてはいけないヤツ」となってしまった。
まあ直接暴力や暴言を受けるよりは、無視されるほうがまだマシだ。
(中学は、俺のことを知っている人の少なそうな所にするか)
四周目で死ぬほど勉強したため、この周では殆ど自習しなくても高得点を取り続けられた。
無理に偏差値の高い学校を狙っても二十歳までにリセットされてはどうしようもない。
それに地頭の悪さは変わらないため、中学は特待生も狙える程度の中堅校へ進学した。
「莉世、お見舞いに来たよ」
そこを受けた本当の理由は、病院の近くの学校だったからというのが大きかった。
俺が起こしたナナセフーズの騒動は想像以上に広がり、その被害者への治療費として、見たこともない額の募金が集まった。
おかげで六年経った今でも、莉世は治療を受け続けられている。
本当に感謝しかない。目覚めなくとも、ただ彼女が生き続けているだけで。
「ゅう、き。来たん、ぁ」
……へぇ?
「花宮、さん?」
「ぅん。こえ、ぁまり、出ないけど」
「せんせぇーー!! 莉世が目を覚ましたぁーー!!」
直後、ナースコールで飛んできた医師から説明を受けた。
長らく植物状態だったが、つい今朝、五時間前くらいに目を覚ましたこと。
そして小学一年生で脊髄をやったにも関わらず、会話が成立している奇跡を。
(そりゃあ、人生何周もしているから……とは言えないし、思いもしないよね)
「ぇも、ぇざぇて、ぉかっ、た」
ただし、首から上しか動かない。そのうえ呂律もあまり回っていない。
たとえ腕と脚が動かなくとも、こうして再びコミュニケーションが取れる。
この日、俺は初めて本気で神に感謝したかもしれない。
「ぉくねんぉ、ねてる、の、大変、ぁった」
「意識あったんだ……大変だったね」
それでも、毎日会いに来てくれた。それが嬉しかった。
そんな今までの苦労への労いを聞いて、さらに涙腺が緩んでしまう。
「はやく、なおす。かいわ、は、したい」
「うん……うん!」
彼女の会話能力が完全に戻るまでかかったねは、一年以上。
いまだ手脚は動かない。それでも大きな後遺症を抱えながら、懸命に復活へと向かう様から、病院の先生も俺も全く目が離せなかった。
「すごい、また奇跡が起きた……ここまで会話能力が戻るとは!」
「本当に凄い……やっぱり、莉世は凄い!」
「腕も脚も動かなくなっちゃったけどね。感覚がないのは、凄く……怖いな」
それもそうだ。莉世は少なくとも、七十年は生きているはず。
いきなり「あなたは六年も眠っていたんですよ」と言われたら真っ先に人生やり直しを疑うだろう。
そのうえ全く経験の無かった五体不満足な状態なのだ。怖くないわけがない。
「改めて聞くけど。七瀬美香に復讐したんだよね」
「……うん。小学三年生のときに」
「それからは?」
「全く。中学も何処に行ったか知らない」
本当は、もっと報復すればよかったのかもしれない。だけど、これでいいんだ。
社会的地位は地の底まで落とした。文字通りの都落ちだ。これ以上やるのは、流石に違う気がする。
「……でも、踏みとどまれなかったんだね」
「ごめん。どうしても、莉世をこんな風にしておいて、それで悪びれもしないことが許せなかった」
「ぜんぶ聞いてたからわかる。止められなかったのも、悔しかった」
復讐してはいけない理由も理解できていた。俺は厚い唇を噛む。
「やり過ぎた自覚はあるんだよね?」
「……うん。だから、もう彼女には関われないし、関わらない」
もう十分やった。やり過ぎたくらいだ。
「そっか。それで、祐希は
「特待でね。学費は完全免除じゃないけど」
「なら私も通おうかな。どうしても、やりたいことがあるし」
彼女は起きあがろうと、首だけ前のめりに動かしている。
「身体、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないよ。少なくとも、この周で両手足は動かせないと思うし」
咄嗟に伸ばした俺の手に寄りかかるようにして、莉世は頭をゆっくりと置く。
そのまま期待を煌めかせた視線を向け、俺の網膜を照らしてくる。
「だから、君が支えるんだよ。私の人生を」
「当たり前だよ」
そのために、俺は生きているのだから。
何十年も、努力を続けてきたのだから。
「また一緒だね」
「ずっと一緒だ。これまでも、これからも」
だから当然なんだ。前世で受けた
ゆっくりと、彼女の車椅子を押しながら、噛み締めるようにして桜並木を歩く。
新しい制服。そして、二人で作る新しい思い出。
「いつまでも、こんな幸せな時間が続くといいな」
「……やっぱり、祐希は人並みが似合って」
待って、という短く鋭い言葉が、温かい空気に冷気を差し込む。
彼女の視線の先を注視する。そこには、質の良い髪を切り揃えた女が。
「っ!?」
相手もそれに気がつき、振り向く。
そして互いに相手を認識し合い、一瞬だけ震わせた肩を起点にして全身を強張らせた。
「……カチナシっ」
「七瀬。どうして、ここに」
「……まずいね」
運命というのは、どうして残酷なまでに悪戯好きなのだろうか。
そこに居るはずのない憎き女が、初めて進んだはずの道の真ん中に立ち塞がっていた。
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