六周目

第一話 コントン

 小学校に上がるのが怖かった。

 虐めを受けるからではない。そんなものは、もはやどうだっていい。


「……七瀬」


 俺は復讐を遂げた。だが、やりすぎてしまった。

 報酬は爽快感ではなく、何度生まれ変わろうとも癒えない傷。

 彼女を俺たちと同じ境遇まで落としてしまった、そして虐めの根本的な原因を作ってしまった、後悔。


「どんな顔して登校すりゃいいんだよ、俺」


 合わす顔なんてない。

 俺はただ、虚無を抱きながら天を仰いでいた。


 入学式、俺は肩に緊張を走らせながら生徒名の点呼に耳を傾ける。

 奴は、どんな声で返事をするのか。大人に媚びたような声か、それとも隠せない呪詛を漏らしたような声か。


「七瀬ちゃん……本日、欠席です」


(っ?)


 欠席? というか、いま美来みくって言ったか? 美香じゃなくて?

 アイツは良いもの食ってるからか、はたまた生まれつき身体が強いからか、きっと病気ひとつしたことないような奴だ。

 何かおかしい。俺は知らない間に、異世界へと迷い込んでいたのか?


「……今日も、そうだ」


 次の日も。また次の週も。彼女は不登校を貫き続けていた。

 色々とおかしすぎる。だが、何となくだが、彼女が七瀬美香ではないかと俺は思っていた。

 そんな絶望から立ち上がり『俺を一生呪い続ける』という未練を晴らすために動き……。


(どうか、次のワタシのことは、許してあげて……)


 心願を完遂し、晴れて自由を手に入れた奴は、一生消えぬ後悔に苛まれ。

 そして一切の記憶を無くした彼女は、再び無間地獄へと堕ちた。


「……謝らないと」


 だが、いま行くのはマズい。

 傷が癒えきっていない状態で行くのは、火に油を注ぐだけだ。

 なれば、他にやるべきことは。


「……莉世が、居ない」


 思えば、この周は初めからおかしい。

 親が最初から離婚しており、俺はすぐに施設へ預けられた。

 七瀬もコレだ。莉世も、ひだまり園に来ない。


「俺は、俺の未練を晴らさなければならない。もし一周で一気に全ての未練を晴らさなくても良いのならば」


 花宮莉世との結婚。

 これだけが、俺に残された未練となる。


(だけど、彼女が今どこに居るか分からない。高校まで待つ? その後のタイムリミットは一年半も無いんだぞ?)


 改めて状況を整理しよう。

 彼女は前世で「人生は八周」と言っていた。また七瀬は、独り言だが飛び込みへの決意を叫んでいた。


(莉世は、この繰り返される八周を止めようとしている。前の周、いやその前から気付いていた?)


 考察が正しければ、今までの俺は八周で未練を晴らし、一切の記憶を無くして生まれ直す。

 そして虐め、親の蒸発、片想いした相手の死別、借金苦を経て自害し、ループが始まる。


(このとき、今際の際に聞こえる神の台詞が全て同じだとするなら)


 一周目は『本当に良いのか』という確認。

 二周目は『未練を晴らせ』という指示。

 三周目は『晴らせなければ存在が消滅』という補足。

 四周目は『罪の清算に手段を選ぶな』という命令。

 そして五周目は『あと三周』というタイムリミットの提示だ。


(今までの莉世と、七瀬の行動……これと、神の言葉を当てはめると)


 俺が一周目のとき、七瀬は苛烈な虐めを行ない、莉世は突然亡くなった。

 二周目。莉世は自らの死を分かっていたような行動を取っていた。

 三周目、だいたい二周目と同じ。

 そして四周目、莉世は『俺たちの街へ早くに引っ越す』という手段を取り、また七瀬は未練を晴らした。

 五周目……莉世がタイムリミットの話をし、七瀬を、俺は……。


(……冷静になれ。つまり予想通りなら、莉世は今)


 七周目。次で未練を張らせなければ、彼女は永久にこの世から消えることになる。


「……無理だ」


 少し考えるだけでも気が狂いそうになる。たった一人の友達を、俺が心から愛する少女を、その存在ごと永遠に消滅だなんて。


「俺の未練は後回しだ。今まで散々はぐらかされてきたけど」


 彼女の未練について、知らなければ。

 今きっと、一人で未練を晴らすために動いているのだろうから。


(そして莉世の未練を晴らしたら……)


 この永遠に続く八周を止めなければならない。


(迷っている暇なんてない。そうしている間も腕立てくらいはできる。鍛えて、鍛えて、そうしながらでも彼女を探す)


 その後も為すべき事は多い。一生じゃ、とても足りないだろう。

 だが、やらなければならないのだ。

 それが俺の、罪滅ぼし……


「うわっ、酷い傷!」


「誰にやられたの?」


 大人たちの、子供を心配する声。

 普段は気にも留めないが、いまは違った。


「隣町の……花宮、って、奴に……」


「っ!?」


 俺の知っている彼女ではないかもしれないが、確かにその名が聞こえたのだから。

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