第二話 バケモノ
次の日から、俺は隣町へ足を運び始めた。
ただ莉世の名前を出すと色々勘繰られて厄介なため、身体的特徴を示して聞き込んでゆく。
(これ、ストーカーと間違われないかな……)
見知らぬブサイクな
数日経ったあたりで、疑心暗鬼に陥り始めてしまう。
(でも、本当におかしい。花宮という顔の良い『虐めっ子』が居る……だなんて)
いちおう情報は仕入れられた。だが少し噛み合わない、俺の知っている彼女とは違うからだ。
ミステリアスぶっているけど少し抜けていて、でも優しくて。
もし姉が居たなら、こんな人なんだろうなと思えるくらいの存在なはずなんだ。
(そもそも、花宮なんて名字は結構ある。やっぱり直接名前で聞いたほうが良かったか?)
リスクを回避しようとし過ぎてしまったかと冷や汗が流れる。
だが聞き込みを続けてから二週間後。
(っ、見つけた!)
人形のような可愛らしい、そして家族のような安心感を覚える顔が、チラリと映り込んだ。
「莉世!」
「……祐希……っ」
見間違えるはずもない。困惑や感動を抑え、すぐさま駆けつける。
だが彼女は違った。一瞬戸惑った様子を見せた後、表情を無にして目線を逸らしてきたのだ。
「っ、何で無視すんだよ。わかってるだろ、俺のこと」
「……誰ですか。私たち、初対面でしょ」
「名前呼んでたろ。さすがに無理があるって」
「いやっ、誰かぁ! 襲われる!」
「っ!」
鬼気迫る甲高い悲鳴が、夕暮れの住宅街に響き渡る。
瞬間、部活帰りの中高生を見守る大人たちの眼が俺を捉えてきた。
まずい、いま彼らには『美少女を襲おうとしているゴブリン』という構図が見えているだろう。
「なんか理由あるんだろ。未練だったら、晴らせるよう何でも協力するから!」
「……」
やむを得ない。俺は唇を噛みながら、脱兎の如く逃げ出すしかなかった。
〜〜〜〜〜〜
それでも俺は調査を止める気はない。
隣町で、俺は下校中の小学生やその親を主に聞き耳を立て続ける日々を送っていた。
「……何周、一緒に過ごしてきたと思ってんだよ」
彼女の考えている事はわかる。
この永遠に続くと思われる八周を打破するため、行動を起こしているのだ。
(同級生に苛烈な虐めをしていると聞いた。飛び降りを命じたことも多かったらしい。でも問題になり過ぎたら、ひだまり園送りになる)
きっと園の子供もターゲットにして、最初から『ここに入れたら更に問題を起こす』と大人に思わせるつもりなのだろう。
(だからって、無関係の人をループに巻き込むのは間違ってる)
あの七瀬を地獄へ堕としてしまったこと、どれだけ俺が後悔していると思ってんだ。
(それに、最悪だと……)
いや、これは直接問いただすべきだろう。
まだ未練について聞けていない。人生の根幹を勝手に推察するのは、流石に無礼が過ぎるだろうから。
「……ずっと後をつけてきてるけど」
人気のない、草木の生い茂る河川敷に出たところにて。
尾行していることがバレたのか、彼女が溜息混じりに振り向き、問うてくる。
「そんなに私のことが大事なの?」
「当たり前だろ」
やっぱり記憶喪失なんかではない。俺を避けようとしているのだろうけど、それなら尚更聞かなきゃならない。
「未練が俺を避けることだってなら、受け入れて今後は関わらないようにするつもりだ。それで俺の存在が消えても、構わない」
「……」
「でも莉世が消えるのは嫌だ。それに苦しむのは嫌だ。だから一緒に、未練を晴らしながらループから抜け出す方法を」
「無理だよ」
遮るようにして彼女が言い切る。
否、尚更もう引くものか。
「いちど場所を移そう。市民ホールとかさ、こんな場所じゃ誘拐されるかもだし」
「……それでまた人を呼ぶかもしれないよ」
「そしたら日を改めるだけだ。俺は莉世の未練達成を諦めない、絶対に」
今まで幸せな思いをさせてもらったんだ。
これくらい、当然――
「おいガキ」
「っ!?」
そのドスの効いた声には敵意が満ちていた。
彼女の後ろに立っていたのは、いかにもガタイの良い外人って感じの男だ。
ブカブカのラフな半ズボンのポケットに片手を突っ込んでおり、もう片方には酒瓶を握っている。
軍隊かマフィアの人じゃないのか。勝てないことだけは本能でわかり、思わず後ずさってしまう。
「ウチの娘に何してんだ」
「え、娘?」
「困るんだよ、ウチの稼ぎ頭に手ぇ出されちゃ」
稼ぎ頭? 冗談だろ、まだ小学生に上がったばっかだぞ?
いや待て、すっかり忘れていたけど最初のほうで「昔、小さい規模だけどアイドルやってた」って言ってたな。
「あ? なんか文句あんなら言ってみろよ」
家庭でも暴力で幅を利かせてきたのだろう。
睨みつける奴の背で、莉世は……震えていた。
「子供に稼がせて、自分は昼間っから酒か?」
皮肉を込めて言い放った瞬間、左頬が消し飛ぶほどの激痛が走った。
殴られることは承知の上だった。が、得物が酒瓶だったのはマズすぎる。
受け身は取ったが、ガラス瓶が割れるほどの威力を受けてしまったせいで、世界がひっくり返って見えてしまう。
「おら、どうした。もう一回言ってみろよ、あぁ?」
すっかりイキり始めた奴は、煽るように口を尖らせている。
まさか、俺の親のほうが百倍マシだなんてな。なんなら七瀬のほうが節操あったんじゃないのか?
(一、一、二、三、五、8)
言い表しようもない怒りが俺の神経を麻痺させてゆく。
いまの一撃で倒錯したのかもな、変な笑いが止まらなくなってしまい。
「買ったばっかの酒瓶、子供相手にフルスイングような奴が親なんて、笑えるな!!」
「ッ、テメェ! マジでブチ殺して」
「やめて!」
殺されかけた瞬間、娘が父を止めようと腰へしがみつく。
だが奴が血の繋がった少女に向けた視線は、ゴキブリやハエに向けるソレだった。
「逃げて、これは
「莉世ぇ!」
白かった顔を真っ赤に染め上げた大男が、稼ぎ頭であるはずの娘を片腕で弾き飛ばす。
「また『教育』が必要なようだな!?」
派手に尻餅をつき、拳骨を振り下ろされかけても、彼女は俺の安否を願っていた。
――逃げるわけ無いだろ。
「ガッ!?」
「この、クソ野郎がぁ!!」
お前は親失格だ。
恥晒しだ、お前なんて、大人じゃない!
「ギァッ、ゃめ」
「やめるわけないだろッ!!」
何度も、何度も、両手で持ち上げた石を奴の振り下ろす。
黒い液体が目にかかる。関係ない。
石が二つに割れる。ならアイツの酒瓶に持ち替える。
「死ね! 死ね! 死ねッ!!」
腕の関節が外れて伸び切ったかもしれない。ブチンと切れた痛みが走る。
知らない。関係ない。もっと莉世は痛い想いしてきたんだ。
「……」
「ハァ、ハァ、ハァ」
男は呼吸を止めていた。
痙攣している指も潰しておく。こんな奴が、この世に居てはいけない。
(……俺、化け物になっちゃったな)
アドレナリンが落ち着いてくると共に、ぶら下がり動かせなくなった両手を見下ろす。
同時に、人としての理性が前世で壊れてしまったんだと嗤えてしまった。
これで、二人目だ。しかも今回は、自らの意思で。
(こりゃ、俺は消えたほうがいいな。また誰かを殺すかもしれないし)
だけど、莉世は幸せにする。
俺を想ってくれる人は、必ず。
「祐希」
……いや、親を殺しておいて幸せを願うってのもおかしいかもしれない。
「逃げよっ。誰もいない、何処か遠い所へ」
だが俺とは対照的に、彼女の眼には光が戻り、今まで聞いたなかでも一番声が弾んでいた。
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