第七話 トラワレ

 斉瑛での新しい生活の所感を纏めると。

 友達、勉強、部活と出来ないこと尽くしだった。


「授業まっっっったく、面白くない……」


「私、途中でノート書きながら寝ちゃったな」


「サラッと言ってんじゃないよ。あとで俺の写しときなよ」


 とはいっても、黒板の内容をそのまま転記しただけだから中身なんてあったものじゃない。

 てか速えよ授業のスピード。有名中学に行ったおかげで、戻ったら園の子供たちの勉強を見なきゃいけないんだよ。


「斉瑛に入ることをゴールにしちゃったのがいけなかったね。まさか、ここでの生活が大変だなんて思わなかった」


「前世までFラン校で中間地帯を彷徨っていた馬鹿二匹だぞ? 初見で着いて行けるわけないって」


「でも音無君は意外となんとかなってるからいいじゃん。私の気持ちにもなってほしいな」


「そりゃあ、高校三年までの範囲は前世で死ぬほど特訓したし。そのぶんの積み重ねだよ」


「私、その頃には死んでるじゃん……入ったら勝ち組確定なんて、幻想だったね」


「見込みが甘すぎたな……」


 俺だって、まさか花宮さんまで孤立するなんて思わなかった。いや、まだ俺のほうが人間扱いされているだろう。

 時を刻むするにつれ、彼女の可憐さは磨きがかかっていた。

 下手なアイドルなんかよりも可愛らしく、そして美しい彼女を狙う男子は多いはずだ。

 当然ソイツらは全員追い払うつもりだったが、まさか『受験だけ本気を出すような怠け者なんか将来性が見えない』って理由でお断りしてくるだなんて。


「若いのに色々考えているんだね」


「俺らも歳同じだろ」


「実年齢でいうと、十数に何かを掛けて」


「あぁあ、もういいよ悲しくなるから!」


 やがて平均点を下回り続けた花宮さんは、特待生から外されてしまい。


「奨学金ローン……卒業後は利子付きっ……!」


「怖えぞ。マジで怖えぞ。俺それ死因だからな。後から知ったけど、支払い能力が無いなら返済期限を延長してもらう制度もあるらしいから、それ全力で活用しないと酷いことなるよ」


「……音無君。連帯保証人までとは言わない」


「そう言ってきたら縁切ってたよ」


 もちろん冗談だ。半分ほど。


「ならせめて。私の成績は保証してほしいな」


「ぜ、善処するよ……」


 そう震えて必死な目を向けてくる彼女は。

 今までとは違い、支えてあげなきゃと思う反面、どこか惨めに見えた。


〜〜〜〜〜〜


 中学の三年間は、とにかく勉強尽くしの日々だった。

 子供たちに混ざった可憐な友達に勉強を教えるため、俺も必死こいて授業に喰らい付き。


「よしっ、高等部に内部進学できるってさ!」


「これで一先ずは安心だね」


 二人して、高校生になることができたのだった。


「……いや、いまは安心でいいと思うけどさ」


「うん?」


 俺は帰り道にも関わらず、頭を押さえてしゃがみ込んだ。


「とうとう特待生じゃなくなるんだよ! 中学の記憶は勉強だけ、友達も花宮さんだけ、ぜんっぜん青春生活送れてなくない?」


「えっ……私と一緒に居るの、嫌だったの?」


「嫌なわけないけどさぁ!!」


「じゃあ改めて、未練を振り返っていこうか」


「う、うん……」


 俺は人生を周回する代わりに、最初にやり残した未練を晴らさなければならないらしい。

 それが一周で全て達成すればよいのか、累計で達成すればよいのかはわからないが。


「えっと、七瀬美香の惨たらしい死に様を見届ける」


「私も興味あるかな」


「クソ母の破滅を見届ける」


「実質達成みたいなものだね。あと放っておいても怖い人のせいで破滅するみたいだし」


「借金をせずに学校を出る」


「今回は無理そうだね……でも次からは、もう少しランクを落として特待生になれば達成できそうだね」


「父に楽をさせる」


「達成済み。子供という負担が無くなったからね」


「そして」


 花宮さんと……。


「そして?」


 あれ、おかしいな。アレだけ恋焦がれたはずなのに。

 共に長い時間を過ごして、互いの嫌なものを見合って成長して。

 もう隠し事もないはずなのに、どうして言葉が詰まるのだろうか。


「……俺たちって、もう家族みたいなものだよな?」


「ちゃんと言わないとわからないよ」


 普段は揶揄からかうような笑みを浮かべている彼女が、今は真剣な面持ちになっている。

 たしかに今まで、雲の上の存在に見合う男になろうと努力し続けてきた。

 そして、共に生活したり、実際に勉強を教えたりと密接に関われるようになって。


(何でだよ、何でこんなに恥ずかしいんだよ、前に言ったことあるはずだろ!?)


 現実味を帯びてくると、机上論ではないと分かってくると。

 言葉として口に出すことも、恥ずかしくなってしまったのだ。


「私と……何?」


「はっ……花宮さん、と……!」


 俺、いま体温何度だろう。難しい計算式も覚えたのに、全くもってわからない。

 いや俺の感情もわからないし、この後どうすればいいかもわからない!


「けっ……」


「けっ?」


 言え。言うんだ。一回断られてんだろ、二回目が何だ。

 この心臓の鼓動の勢いに乗せて、伝えなければ!!


「花宮さんと! けっこ――ぐっ!?」


「意気地な……いや違、うっ!?」


〜〜〜〜〜〜


 ……あれ、俺は気絶してたのか?

 身体も頭も冷えてる。それに暗いし、手脚も縛られている。

 いや、手脚が鎖で縛られている?


「何だよ、ここ。牢屋!?」


 目の前に広がるのは鉄格子、そして看守の玉座。

 側には暴力を是として生きてきたような、ヘラヘラと下卑た笑みを浮かべる悪漢たち。


「っ、花宮さん! 起きて、花宮さん!!」


 すぐ隣には、俺と同じく磔にされた親友が。


「流石に行き過ぎだろ、誰がこんなこと!!」


「グッドモーニン。気分はどう?」


「……七瀬、美香……ッ!」


 そしてそれを見下すかのように、ブランド物の正装で着飾った看守が、ヒールの音を、カツ、カツと響かせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る