第六話 トクタイ

 斉瑛学園。そこは、旧皇大という超トップクラスの大学へ進学するエリートの集う、超高い偏差値を誇る私立学校だ。

 そして成績上位者は学費が免除という、非常に有難い制度も設けている。


「……そう、目指したはいいけど」


「この学校、もしかして天才が多いのかな」


 小学四年生になった俺たちは、冬の全国模試のレポートを広げる。

 結果は互いに全国百位以内。この学校内だと俺が六位で、花宮さんが八位だった。


「まだ上に五人も居んの? 勉強と筋トレ以外やる事ないから、三年ずっとソレに注力してるんだよ?」


「七瀬美香は一位だって。人生周回の経験値というアドバンテージがあっても、私たちの頭じゃ秀才には敵わないみたいだね」


「ここ、治安の悪い公立のはずなんだけど」


「園の子たちが通うくらいだしね」


 そう、遠い目で同じ園に通う子供を見つめる。

 結論から言うと、ひだまり園の子供とは馴染めなかった。

 ここの子たちは、何かしらのハンデを持って生まれてしまったか、環境が悪すぎてイカれてしまったかのどちらかに分類される。

 そんな中で玩具には目もくれず、狂ったように読書や走り込みなどを行なう俺たちは、園の中でも極めて異質だった。


「おかげで、特訓に注力できたんだけどな」


「とはいっても、まずいことには変わらないよ。七瀬美香はともかくとして、他の上位四名は間違いなく斉瑛を受けるだろうし」


「え、アイツ受けないの?」


「今まで公立に行ってたんでしょ。たぶん、このまま秘密作戦を続けていたら受験の邪魔はしてこないんじゃないかな」


「……?」


 何故そこまで確信が持てるのか、俺には理解ができなかった。


「けど他の子は違う。そういう星のもとに生まれてきて、受験キャリアに人生をかけているバケモノだし。なにか対策を考えないと」


「あっ。それなら、俺に考えがある」


「考え?」


〜〜〜〜〜〜


 それから数週間後、もうじき四年生の生活も終わり春休みに突入する頃のこと。


「ということは、斉瑛を目指すのか。凄いな」


「はい。このまま帝大に進んで、日本を引っ張れる人材になりたいんです」


「そうか、応援してるぞ!」


 職員室の扉越しからでも、育ちの良さそうな声と期待に満ちた励ましが聞こえてきた。

 担任は、あんな言葉も発せたのか。俺には怒号しか浴びせないくせに。


「すごいじゃん。斉瑛だなんて」


「カチナシっ……」


 まあ、用があるのは廊下に出てきた眼鏡のガキだ。

 ボロくて色褪せた服しか着れない俺と違って身嗜みが整っている。相当、親から愛されているんだろうな。


「まさかお前ごときが、斉瑛を受けるのか!?」


「無理だよ、お金ないもの。学費高いって聞くし、ぼくより君のほうが、頭いいし」


「そうだよな……馬鹿でブサイクなカチナシだもんな」


 ソイツは焦りを嘲りで隠そうとしている。

 目が泳いでいるのが丸わかりだ。


「けどいいの? ぼくは、年々テストの点、良くなってるよ。でも、このまま公立にしか行けない。ひだまり園に、通ってるから」


「そ、それがどうしたんだよ」


「わかんないの?」


 だからこうして懐に入られる。

 そして奴のアゴの下からギョロリと舐めるように凝視し、俺はニタァと気色の悪い笑みを浮かべた。


「お前は、いずれ俺に追い抜かれる。ひだまり園通いで公立にしか行けない俺にだ。そんなお前が斉瑛に行ってみろ、周りは俺以上の秀才だらけだろうな」


「ッ……!」


「せいぜい、その頭デッカチなプライドが折れなきゃいいな。あぁ、一年後が楽しみだ!」


「この、ゴキブリゴブリンがッ!!」


「っ、はは! 図星で殴るか、ならお前はその程度ってことだ!!」


「黙れクズッ!!」


 俺はソイツに、一方的に殴られ続けた。

 先生は止めた。だが、いつも通り怒られるのは俺だけだ。

 まあ仕方ない。それに噂は広がろうとも俺の評判は地の底だ、これ以上は下がらない。


「……正座」


「う、うん」


 あと一人にも同じ事をした後、俺は唯一の友に問い詰められていた。


「説明はしてくれるよね?」


「まあな。俺より上の五人は、それぞれ二つの塾に通っているらしい。仮にこれをA、Bとするね」


「それがどうしたの?」


「だからA塾の秀才とB塾の秀才、それぞれ一人ずつにプレッシャーをかけた。何もかもが劣っている虐めの対象パブリックエネミーに抜かれるかもしれない、って」


「それ、手助けしちゃうんじゃないの? むしろ成績が良くなるかもしれないじゃん」


「いいや大丈夫だ。俺たち、限界スレスレの特訓をしているだろ。それも未来のことがわかって目標が立てられるから耐えられるレベルの」


「まあね」


「それは連中も同じだ。まあ中には七瀬美香のような生まれながらの天才もいるだろうけど、これが限界スレスレの精神状態で努力し続けている秀才だったら?」


「……?」


「えっと」


 説明が難しいな。でも心配させたくないし、時間がかかっても伝えなきゃ。


「まあその余裕のない秀才にカマかけたんだ。そしたら二人とも暴言吐きながら殴ってきた、これから限界を超えた勉強をしてぶっ壊れるぞ」


「どうしてわか……あっ」


 やっと彼女に伝わった。余裕がなくて周りに当たり散らすくらいなんだ、もう少しストレスを与えてやれば簡単に壊れるってことだ。


「ひだまり園の連中に抜かれるかもって疑心暗鬼になって、塾で言いふらして、徹夜して……自滅する。俺の父と同じく、過労死に近い状態になるんだ」


「うぅわ、人の心ないの?」


「俺が人の心を向けるのは花宮さんだけだよ」


 そう安心させるよう限りなく心を込めた笑みを見せたが、十分強ほどゲシゲシと肘で突かれ続ける刑を受けるハメになってしまった。


〜〜〜〜〜〜


 こうした裏の努力もあってか。

 二年後、園に届いた合否通知書には、特待生の案内が同封されていた。


「やったね、努力は才能を凌駕したんだよ」


「マジで斉瑛に特待生で入れるなんて……」


「……まあ、一部目も当てられない方法を取ってたけどね」


「……もうしません」


 俺を貶めている連中だが、七瀬美香ほど恨みはない。

 幸い彼らも斉瑛には受かったらしいため「もう二度とこんな真似はしないように」と釘を刺されるだけで済んだ。


「でも、完っ全に人生周回しているおかげだコレ……」


「二人して寿命あと十年も無いんだし、これくらいしてもいいと思うな。それに」


 彼女が片手を口に当てて声をひそめる。


「予想通り、七瀬美香は公立ふつうのルートに行ったようだしね」


「言われてみれば。俺らの成績で特待なれるんなら、アイツも来て当然だと思うんだけど」


「でも、そうはならなかった。これで安心の学校生活が手に入るね」


「……ねぇ、本当に秘密にしておく必要あったの?」


「……うん、あるんじゃないかな?」


「ええぇ」


 花宮さんは、最後まで受験計画を秘密にする理由を明かしてくれなかった。

 だけど、それがいけなかったのだろう。


「……もう手段は選んでられない。絶対逃がすもんか」


 人知れず園の窓を覗いていた奴の激情に、火をつけてしまったのだから。

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