第三話 コウカイ

「許すって……どういうことだよ!」


 放課後、ひだまり園の小部屋で問い詰める。

 確実に前世の話が出る、だから人の遠らなさそうな場所を選んだ。


「そのままの意味だよ。今回は彼女を見逃す。なんなら、次の周に向けて情報を集め続ける」


「どうして! あんな惨たらしいことをしてきたんだぞ!?」


「そのあとで、何か大切なことを言っていたんだよね?」


「大切な……」


 そうだ。奴は時計を気にしていた。

 そして莉世が殺されて暫く経った後、まるで人が変わったかのように懺悔を始め。


(音無も同じだったんだ)


 なにかに気付いたような素振りを見せた後、俺の首を絞めて。


(どうか、次のワタシのことは、許してあげて……)


 そして意識が途切れる間際、この言葉を残し……あっ!


「まさか!」


「そのまさかだよ。七瀬美香も、私たちと同じく人生をループしていた可能性が高い」


「いやでも、だからって、あの七瀬美香だぞ? 死んでも殺されないような、アレがどうやって……」


 再びハッとした。今回のアイツは、あまりにも言動が幼すぎる。

 カリスマ性も、知性も、立ち振る舞いも今までとは圧倒的に格下だ。


「もしかして、今の七瀬美香って」


「たぶんループから抜け出して、記憶も何もリセットされた状態だろうね。それでも性根が終わっていることに変わりはないけど」


「マジで、どういう教育しているんだろうな」


 親なしの莉世が、これだけ優しい性格をしているのに。ナナセフーズの人間は腐っているのだろうか。


「ともかく、この周は様子を見よう。じゃないと、結局なにも変わらなくなるから」


「ソレがわからないんだよ。俺の未練はどうする、アイツに復讐しないことにはループから」


「あと四周」


「え?」


 その言葉は、まるで女神の宣告のようだ。


「人生のループは八周で終わり。それまでに晴らさなきゃ永遠に消滅する」


「何でそれが」


「死の間際に聞こえるでしょ。神様みたいな声が」


「……あっ!」


 あれは幻聴では無かったのか。


「祐希は五周目みたいだから、これを含めてあと四周。それまでに七瀬美香への復讐を遂げればいいけど、この周は絶対にやっちゃダメ」


「……っ、理解した。いま、完全に」


「そう。彼女の未練は、確実に祐希が関連している。それも復讐である可能性が高い。そして、この周がループの起点である可能性も高い」


「だから極力関わらず、刺激せずに行けば、無限ループを断ち切れる……ってことか」


「そういうこと。周回の原理も、まだわかってないしね」


 確かにそうだ。理解はできる。


「けどさ、莉世の未練はどうなるんだよ。晴らさなきゃ消滅するだろ、そんなの嫌だよ!」


「それは大丈夫。順調に晴らせていけてるから」


「そうはいかないぞ」


 相変わらずはぐらかそうとする彼女に、真剣な眼差しを向ける。


「俺にも知る権利くらいはあるだろ。これだけ一緒に居て、共に進んできたんだから」


「ふぅん。結局は他人なんだし、秘密の一つふたつあってもいいんじゃない?」


「いいや、それじゃダメだ。だって」


 ハッキリと言わなければいけないんだ。また誰かに邪魔されないうちに。


「莉世は俺と結婚する。だから消えてほしくない」


「……それ、未練だからでしょ」


「本心だ。もう隠さない、はぐらかさない」


 故に、俺の決意も揺るがない。

 莉世と共に在る。七瀬美香への復讐よりも、絶対に叶えたい心願だ。


「……本当に、なんで見せちゃったんだろ」


 むしろ彼女の亡骸を目にして腹が決まった。

 ぼんやりとしていた永遠の別れの意義を、しっかりと噛み締めたのだから。


「いいよ。なら話しておくね」


 観念した様子で、彼女が重く口を開けようとする。


「私の、未練は」


「おぉい、そこに誰か居るのか?」


「っ!」


 だが間の悪いことに、職員が入ってきてしまった。

 ドアを開けた途端に埃が立ち込め、片目を瞑り腕で払っている。


「何だよ。こんな汚いとこじゃなくて、もっと広いところで遊びなさい。まだ子供なんだから」


「あ、はい。すみません」


「……また今度はなすね」


「ちぇ」


 タイミングを失ってしまい、俺たちは広く明るい場所へと戻っていった。


〜〜〜〜〜〜


 それがいけなかった。

 なぜ俺は、いつも一歩を踏み出せないのか。


「……は?」


 昨日、ちゃんと聞いていたら。花宮莉世に対しては、行動に対する後悔しか抱けない。


「きゃぁああああっ!」


「どいて、救急車来たから!!」


 そこには、階段を見上げるようにして、仰向けで動けなくなってしまった親友の姿が。


「勝手に落ちた! ワタシ悪くないもん!!」


 そして壇上には、現実を見ないように目を覆う、小綺麗なクソガキの姿があった。

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