第始話 コウフク

 今年は例年に比べて猛暑日が続いている。

 おかげでエアコン機能もついていないオンボロな中古車はサウナのようだ。蝉の声も、こんなに多く元気だっただろうか。


「おとーさん! まだー!?」


「もうちょっとだから。待っててね〜」


 だが虫たちよりも、娘のほうが元気いっぱいに騒いでいる。

 初めての夏休みと帰省ということもあって期待で一杯なのだろう。


「おとーさん、なんでおとーさんのおとーさんに会いたくないの?」


「そりゃ、喧嘩別れしたっきりだしなぁ。もともと仲も良くなかったし」


「なら、なかなおりしなきゃだめ! こころ、おとーさんだいすきだし!」


 十五の誕生日に七瀬がプレゼントしてきたのは赤ん坊だった。

 誰も祝福してくれる人はいない。それどころか、親からは勘当同然で家を追い出されて、それっきり。


「……そっかぁ」


 娘……こころは、母を亡くして父親の俺しか頼れる人がいない。

 だから後悔するなよ、と念押しはしたのだが効かなかった。おかげで、なけなしの金で買った中古車を走らせているというわけだ。


「着いたよ」


「うっわぁ、ぼろぼろだぁ」


 もともと朽ちかけていた錆色のボロ屋は、さらに年季が入って今にも崩れそうになっていた。

 手入れをしている暇もないのだろう、そこら中に生えている雑草が壁紙のようになっている。


「……」


 呼び鈴を鳴らす。何とか生きてはいるようだったが音が霞んでいた。

 ゆっくりと開けられたドアから父親の顔が覗く。まだ還暦には遠いはずだし髭も剃っているはずだが、それでも白髪と皺が本当に目立ち、とても頼りなさそうに見えた。


「……二度と顔を見せるなと言ったはずだけど」


「まあ、そうなんだけどさ。いちおう、元気でやってるって伝えたくて」


 言い切る前に老人が戸を閉めようとする。だが怖いもの知らずな心は徐にそれを掴み。


「おじいちゃん、こんにちはー!!」


 満面の無邪気な笑顔で挨拶したのだが、摩耗し尽くした爺には届かず。


「私はそんな歳ではない!」


「おいやめろ父さん。子供の前だぞ」


「お前に父さんと呼ばれるなど恥だ!」


 笑顔の挨拶も、俺の警告も、全て遮るようにドアを強く閉め切ってしまった。


「お、おにー……」


 六歳の子供に鬼と言わせるか。

 苛立ちを誤魔化すように頭をかき、戸を背にして独り言を呟く。


「……何やかんやあったけどさ。俺がしっかり親をやれてるのは、父さんが育ててくれたおかげだと思ってる」


 出来損ないの俺は、殺したいほど憎かったかもしれない。

 だが、世間体や義務感しか無かったとしても、俺を育てるために働いて、飯を食わせてくれた。

 それに……たとえ偽りだとしても、一周目からの俺に愛情を理解するための礎を築いてくれたのだ。

 最後だからこそ、もう言えないだろうからこそ、いま伝えなければならない。


「中学出てから働いて、男手一つでも心を育てられてる。高卒認定も取ったから、何やかんやだけど暮らせていけているし」


「……」


 扉の向こうからは何も返ってこない。


「だから、心を幸せにするため生きていくよ。父さんが、俺にそうしてくれたように」


 正直、不幸にしてやるつもりだった。

 その人よりも幸福であることこそ、復讐であり、恩返しなのだと思って。

 俺には子供が居る。仕事もある。これからも一生俺をおもってくれる人もいる。

 これ以上の幸せがあるだろうか。


「……母さんにも顔を見せてやれ」


「寂れた風呂に沈んでたよ。だから遠慮しとく」


 あんなものは娘の教育には毒だ。もう俺たち人生には関係ない。


「……ありがとう。それだけ言いたかった」


「……帰れ」


 俺は心の手を引き、車へ乗り込む。

 そのままエンジンをかけて、真っ直ぐ我が家へと駆け出していった。


「おとーさん、なかなおりできた?」


「うーん……多分?」


「あー、にげたー。いけないんだー」


「えー」


 話題を変えるように、俺はボロくなったラジオをかけ、交通情報やショッピングは退屈だろうから歌番組を探す。

 ちょうど昭和の失恋ソングがオープニングに流れており、古びたエンジン音のマッシュアップが良い感じにノスタルジックな雰囲気を醸し出してくれた。


「これなぁ、うちの上司がスナックで歌ってたとき涙流しててさ」


「えー。華乃道はなのみち88のほうがいいじゃん!」


 どうやら感受性に満ちた子供は、いま学校で流行っているであろうアイドルグループにお熱のようだ。

 そんな少女の願いを叶えるように、MCがテンション高めにタイトルコールをした後。


『さて本日のゲストは、今年の総選挙で六位に登り詰めた……花宮莉世さんです!!』


 トップになろうと今日を戦い続けるアイドルを紹介し、トークに花を咲かせている。

 途中で「こんな人しか呼べませんでしたが」と聞こえた気がするが、幸い娘の耳には入っていなかったようだ。


「おとーさん! わたしも、りぜちゃんみたいなアイドルになりたい!」


「心には、ずっとお父さんのアイドルで居てほしいなぁ」


「よくばり!!」


 いつまでも進み続ける車の中で、俺たちは他愛もない会話を楽しみ続けていた。


〜〜〜〜〜〜


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ハチノジ 〜何度人生をやり直そうとも、お前らから幸せを奪い返す〜 遊多 @seal_yuta

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