第五話 アヤマリ

 今世での名前は『美久』となっていたが、その少女は確かに七瀬美香だった。

 相変わらず高価そうな素材を使った服を纏っており、下民に向ける視線は害虫に対するソレだ。


「カチナシっ……お前、ワタシを追ってきたっての!?」


「んなわけあるか」


「じゃあ何!? 貧乏人のアンタらが、隣の県まで歩いてきたっての!?」


「正確には走った。一週間かけて」


「私の父親殺して、逃げてきたんだよ」


「バカ!? え……バカ!?!?」


 改めて並べてみると有り得ないよな。俺もそう思う。

 でも、こうでもしなきゃいけなかったんだ。


「お前、七瀬美香だよな」


「っ、そうだけど何?」


「何でこんな所に居るんだよ」


「い、良いでしょ。ワタシが何しようと!」


「学校も入学式から休んでさ。てか、やっぱり人生ループしてたのな」


「まさか、お前も」


「私もだよ。というか、私のことわかる?」


「えっと……いつもカチナシの近くに居た女」


「祐希、コイツ救う価値ないよ。ネット晒し以外で懲らしめてやろう」


「ダメだっての! せっかく『前の俺たち』とは違う行動が出来そうだってのに!」


「は? 人の言葉はなしてる?」


 ただでさえ記憶を持って同じ人間として――コイツの場合は名前が違ったが――生まれ直しただけでも理解が追いつかないだろう。

 それも含めて、俺たちは自ら命を絶ったもののルール、そして八周を繰り返し合っている可能性を彼女に説明した。


「ってことは、ワタシは高校生なる頃までに死ぬ……しかも、あと六回も生まれ直さなきゃいけないっての!?」


「うわ、飲み込みはっや」


「私たち、もっとかかったのにね。流石はナチュラルボーン優等生」


「でも、カチナシの知るワタシは最後まで気付かなかったみたいじゃん?」


「そりゃ、こんなタイミングじゃないと教えられないし、なにより聞く耳持たないだろ。『前の俺』も、なるべく関わりたくないって思ってただろうし」


「ふぅーん」


 納得がいかない様子で、喉奥にため息を溜めている。

 でも、理解はしてくれたんだ。ならば、前世での後悔と反省を、精一杯でも誠意で見せるしかない。


「ごめん。ナナセフーズの事情をバラ撒いたこと、悪かった」


「ただ謝るだけ?」


「この通りだ」


 頭を下げるだけではなく、腰を下ろし、膝をつき。そして両手と首を、地面に付けた。


「ふーん。土下座、するんだ」


「……」


「……ふぅうーーん?」


「駄目だからね。踏もうとするの、駄目だよ」


「してない」


「脚振り上げてる時点で、説得力ゼロだよね」


 良からぬ方向への羽化を莉世が全力で止める。

 だが雑魚が頭を下げたところで、女王の思いは変わらない。


「まあ許す気は無いけど。ワタシの未練、晴らさなきゃいけないし」


「俺を一生呪い続ける……そうだよな」


「だからね。もし本当に許してほしいんなら」


 そして俺の髪を鷲掴み、顔を上げさせ。


「アンタらの一生、ワタシに頂戴」


「私も?」


「連帯責任」


「それは理不尽だよね」


「カチナシ居ないと、アンタの未練晴らせないでしょ」


 純真な少女は、うぅと唸り声を上げるのみだ。


「俺は構わない。もともと俺が晴らした未練だし。だけど」


「私も従うよ」


「っ、でも」


「というか、こうでもしないと捕まるからね。私たち」


「そうだった……なんかコイツら、人生序盤で殺人犯になってんだった……!」


「未練、諦めるか?」


「あぁあ、もう! 帰るから、着いてきて!」


 プリプリと怒りを露わにしたお嬢様が海を背にする。

 どうやら黒塗りの車で来ていたらしく、お手伝いのスーツ男に何かを指示していた。


「とりあえず、ここのトランクの中に隠れてて。文句は禁止だから」


 警察に追われている以上、素直に応じるしかない。

 乗り込んで暫く揺られていると、急に止められてしまった。


「すみませんね。この辺りで、行方不明になった子供を探してまして」


 やばい、検問だ。そりゃ一週間も経っているから当たり前か。


「ウチは知りませんね。家出したお嬢様を捕まえただけなので」


「でもね、こっちも仕事なんですよ。ちょっと捜査にご協力を」


「ひぃいっ!」


 突然、鬼気迫る七瀬の悲鳴が響き渡った。


「パパ……ごめんなさい、ごめんなさい! 早く帰るから、お願い、ぜったい早く帰るから……許して、ください……!」


「すみません、一刻も早く帰らないと、社長がどうするかわからないので!」


「うーん……捜査しなきゃだけど、流石にあの子が可哀想だなぁ……」


 間違いなく演技だろう。携帯電話を手にしているのだろうか。


「まあいいや。後で協力してくださいよ?」


 なんとか難を逃れたようだ。後部座席に座っていた令嬢の愚痴が聞こえてくる。


「マジでアンタら、何バカしてんの」


「俺たちを傷つけてきた奴だから、さ……」


「私は助けられた側だから何も言えないかな」


「バカ! あと三回言うから、バカ、バカ、バカ!!」


 ボリュームは抑えていたが、その声には明確な愚か者への怒りが表れていた。


「そういや、生まれ変わってから何か違和感あった?」


「どういう意味」


「いや、この周では、生まれてすぐに俺の両親が離婚したし、七瀬の名前が違うし。莉世や七瀬が違う行動をした理由は、わかったけどさ」


「あんな復讐をした祐希が悪いからね」


「そもそもワタシ様に逆らおうってのが悪いけどね」


「返す言葉もないです……」


 復讐という行為には一言いわせてほしかったが、黙っているしかなかった。


「私は色々と悪いことしても捨てられなかったな。だから施設を転々ともできなかったし」


「ワタシは……あ、ママが違った。気の強い金髪から、パパに従順な黒髪になってた」


「ふーん……え?」


 いま聞き捨てならないこと言ったぞコイツ。


「おい今なんつった!? 親が変わるって、そんな馬鹿みたいなことあるか!?」


「っるさいよ、ただでさえ耳障りなのに!」


「でも、どうしてそんな重要なこと、どうでも良いって思えたのかな」


「そりゃ稼げないバカな奴なんてどうでもいいし。小遣いやお菓子をくれるから機嫌を取るだけの存在だし」


「うっわ、七瀬らしー……」


「何、喧嘩なら買うけど?」


「待って。それだとマズいよ」


「え、何が」


「いまのナナセフーズは、前世のような酷いブラック経営ではないでしょ。脱税とかパワハラとか、そういうの聞かないし」


「『節税』ね」


「あ、うん」


「でも確かに、パパが大規模な経営改革を行なってたような……自動化に伴う大幅リストラだったり、コンプラを意識したマネジメント体制に作り変えたり」


「こんぶ? まねじ?」


労働基準法ルールを守る職場に作り変えたってことだよ」


 眉根をひそめる莉世に補足すると、納得した後、考えをまとめ直したように続ける。


「だから私の母親も、祐希の父親もクビになった……それで私も働かなきゃいけなくなって、音無家は離婚……」


「いやいや、出来すぎだって」


「それに、もしだよ」


 彼女の妄想だと軽く聞き流していたが、次の推察でそうもいかなくなってしまった。


「ナナセフーズの社長が『娘の美香を汚点』だとも思って……自ら命を絶ったとしたら」


「ッ!」


「ねえ、いま何処に向かってんの!?」


 俺も七瀬美香も焦る。すぐさま社長令嬢が運転手に怒鳴りつけるが、返ってきたのは冷徹な一言。


「お嬢様。社長が、お呼びです」


 車が止まる。そして黒ずくめの男たちに、トランクから無理やりゴミのように引っ張り出されてしまう。

 そこは七瀬邸でも工場でもなく、ボロボロになった古い屋敷の前だった。


(ここ、前にも来たことがある……というか、本能が危険だと言っている!)


 莉世も同じ感覚を覚えたのだろう、小刻みに首を横に振っている。

 考えもしなかった。バタフライエフェクトが、こんな場所にも広がっていたなんて。


「これは、これは」


 前世からループを始めたのは、七瀬美香だけじゃなかった。


「うちの会社を脅かす害虫と一緒に居るなんて、何を考えているんだい。


「パパ……っ!!」


「ナナセフーズ四代目社長、七瀬創一ななせそういち……!」


 前世で潰した企業の総統は、まるで鋼鉄の巨塔のように荘厳な雰囲気を纏っていた。

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