第四話 シュウカイ

「……はっ?」


 いま、なんて言った?

 何周、目?


(そんなはずない。普段はループしているのがバレないよう細心の注意を払っていたはず)


「やっぱり。音無君、人生周回してるよね」


「え、なんでそんな」


「私もだから」


 世界がひっくり返るほどの衝撃を受けた。立ちくらみから気絶しかけるほどに。


「前世で言ったこと、覚えてたよね。また会えるからって言葉。そのあと、私が言ったことも覚えてる?」


「当たり前だよ! 花宮さんに、誇れる、男に……」


 ここまで来て、自分のこれまでを振り返ってみた。

 殴られ蹴られながら、次があると思い復讐する相手の弱点を見出すことに人生を捧げて。

 それで父さんに楽させるため、なるべく良い会社へ入ろうと思い。

 

(俺は本当に、花宮さんに誇れる男になろうとしていたのか?)


 もっと大切なはずの人を、蔑ろにしていた。


「ごめん花宮さん、俺っ」


「まあ思い返して後悔してくれるだけ、及第点かな」


「その、及第点じゃダメなんだ……もっと、満点以上を取って、花宮さんを」


「そういうのはウザい」


「えぇ」


 難しすぎる。満点を取りに行ったら零点なんて。


「冗談冗談。素直に、周回仲間が見つかって嬉しくって。だから少し意地悪しちゃった」


「そ、そう」


 花宮さんは少しだけ微笑んだ。その表情は、どこか悲しそうにも見えた。


「花宮さん……君は、何を知ってるの」


「ほとんど知らないよ。音無君のことも、私たちが転生する目的も」


「……」


 彼女は一体どこまで知っているんだろうか。


「でも、君が今世でしたいことは決まっているんでしょう?」


「そりゃ決まってるけど……花宮さんはいいの?」


「私は私なりに、動かせてもらってるから」


「……それって不幸な人を幸せにしたいとか?」


「まあ、そんなところかな」


 彼女の真意が掴めない。少し、怖くすら思えてきた。

 だが、対話してくれるクラスメイトを蔑ろに出来るはずもない。


「だから、もう今日は遅いし。明日から本格的に特訓しなきゃだね」


「特訓?」


「そっ。人生やり直しちゃってる人のための、特訓」


 いったい何をするというのか。


〜〜〜〜〜〜


 そう思っていたほうが幸せだったかもしれない。


「おはよう、音無君」


「お、おはよ、花宮さん」


 朝起きると、すでに花宮さんが寮の玄関の前にいた。

 時計は六時を指している。普段起きるのが七時過ぎ、登校が八時過ぎだから、いま俺は眠気で頭が回らなくなっていた。


「ごめん、ちょっと待ってて」


「待つよ。生きてる間はね」


 それは洒落になってないだろ。急いで身支度を済ませ、部屋を出る。


「てか……早くない?」


「私は五時起きだけどね」


「はぁ!?」


「だって、こうでもしないと君は動こうとしないでしょ?」


「うっ」


 図星だ。花宮さんと一緒に話せるのはいい、だが勉強や運動が出来るようになる姿が想像できなかった。

 そのため、会話にエネルギーを使いまくるから、だとか理由をつけて逃げようとしていた……のかもしれない。


「大丈夫。私は音無くんより成績良いから」


「なっ……!」


 前世では俺よりちょい下だったくせに。いや待て、それなら俺も頭良くなれるのか?


「だから、私が教える側になるの。もちろん、手加減はしないけど」


「お、お願いします」


 花宮さんは少し悪い笑みを浮かべている。彼女は恐らく俺よりも人生経験を積んでいるはずなのだ、思わず圧倒されてしまう。

 こうして勉強会に強制参加させられ……


「あ、まずは学校までジョギングね!」


「え?」


 訂正。体育会にぶち込まれてしまった。


「勉強会だけじゃないよ、ちゃんと身体も鍛えなきゃだよ」


「く、狂いそう……」


「ほら頑張れ頑張れ」


 花宮さんは鬼教官だった。スパルタ教育という言葉があるが、まさにそれだと思う。

 フォームだとか、呼吸だとか、そういうところにまでダメ出しが入るから嫌になってくる。

 だが努力しないことには変わらない。来世も殴られ蹴られの日々を過ごすことになるだろう。

 だから必死に歯を食いしばり、全身を溺れるほどの汗で濡らしながら走り続ける。


「はいここで休憩ー」


「ぜぇ、はぁ……もう無理……」


「ほら止まらないの、休憩は歩きながらね」


「う、やば、吐きそ……」


「五分休憩したら、また五分走る。これを数セット繰り返すから」


「ま、待って……」


 その後も俺は、通学路の数十倍は走り続けた。

 脚はパンパンに張り、吐瀉物をスレスレで留め、常に白目を剥きながら、暴力に慣れた身体に未知の負荷を掛けたのだ。


「今日はこれくらいにしとこっか」


「お、終わった……」


「まだまだ先は長いからね。これから毎日やるから覚悟しておいてね」


「ひぃ」


 いまの俺には、彼女が唯一の友人ではなく鬼畜生のように見えている。


(絶対、父さんに、楽を……)


 そしてこの後の勉強は全く頭に入らないどころか、自分の席に着いた瞬間に意識が途絶えてしまったのだった。

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