七周目
第一話 ミノタケ
極めて異質だった六周目を乗り越えた俺たちは、無事小学校に上がることができた。
当然、ひだまり園から通っている。もう一人の、最後の周回を迎えた少女と共に。
「よっ」
そして……永いことクラスメイトをして、ようやく教室の女王様へと自分から話しかけようと思ったのだ、
「何の用。ワタシ様としては、カースト下位のお前らと話したくないんだけど」
「口では言ってるくせに、ヤケに上機嫌じゃん」
「……まあ、否定はしない。お前らを殺した事、負い目感じてたし」
莉世の最期は俺と同じだ。
享年六歳、七瀬美香に落とされて奈落の底へ。
だから入学式を迎えないと、前世の結果がどうなったかはわからなかった。
俺たちを殺した本人から、直接聞かなければならないのだ。
「死に慣れているし、覚悟していたから。安心していいよ」
「言ってることおかしいって、わかってる?」
「おかしかったのは前世だろ。今世では、ちゃんと七瀬『美香』で元通りっぽいしな」
「るさい」
照れを隠すように軽く突っぱねてくる。
だが俺が笑みを返すと、溜息と共に彼女が口を開き始めた。
「あれからワタシはパパの事業を支えた。内部告発を企てようとしている連中は潰して回って、死ぬまでかなりの規模で拡大できた」
「え、全国展開とか?」
「そこまではしない。まあ隣の県までの展開はしたけど。人生のゴールラインから逆算した理論値だったし」
「……すっごい現実的」
「大業っていうのは、一つずつ目先の目標を達成し続けて成し遂げるものだし」
「うぅわ、やっぱ発想が俺らと違うわ」
「その継続が本当に難しいんだけどね」
そもそも目先の目標すら達成が危うくなることばっかなんだけどな、俺たち。
「それで、どうすんの。カチナシは後二周、ハエ宮は最後なんでしょ」
「ハエ宮って酷くない?」
「まあ、な」
何とか絞り出そうとすると、前世で俺たちを助けてくれた大人たちの表情が脳裏を過ぎる。
自分よりも他人を優先していたのに、物凄く幸福感に溢れた顔をしていた。
「俺の幸せ、かぁ……」
最初と比べて、俺の考えも大分変わってしまった。
復讐と劣情しか頭に無かった過去とは比べ物にならないくらい、様々な視野で物事を見ることが出来るようになったと思う。
だけど……最初の未練を晴らさなきゃならない。でなければ、彼女が消滅してしまう。
「……莉世とセックスしたいなぁ」
「下世話すぎでしょ」
「ぶっちゃけ、もうそれしか無いんだよ。一通り復讐は終えたからやる気も無いし、かといって金持ちになっても意味ないし。二、三度ならビフテキ食ったことあるけど、翌日腹壊したし」
「それで最後に残ったのが性欲でした、と」
「百年以上生きてるはずなのに発想が中学生のソレじゃん」
「……でも勃たないんだよな。もはや姉みたいなもんだったし」
「すごく失礼っていう自覚、無いよね?」
「まだ小学校入りたてのガキだからじゃないの」
仕方ないだろ。もう変に隠す気も失せるくらい一緒に居て、清濁全部見てきたのだから。
結婚したいよ、したかったよ。でも、前世で彼女を親殺してまで助けて、一週間も過酷な旅して、海を見て、齢六歳で運命を共にした。
その前世だって、また前世だって、どれだけ過ごしたと思ってるんだ。
もう、満ちているんだよ。俺だけでは隙間を見つけられないくらい、幸福で満ちているんだよ。
「なら、どうしてあの黒服さんの真似を試そうとしないの?」
「っ、それは……」
「え、お前らナチュラルに心読み合ってんの?」
確かに、誰かのために尽くせば幸せになれるのかという考えは抱いた。
だが俺は復讐をし続けている。顔だってゴブリンだ、能力も低い。
それなら、身の丈にあった精一杯の幸せで十分我慢すれば良い、という結論を出してしまったのだ。
「自分は我慢するくせに、私の未練を晴らしたい。それって、筋が通ってないよ」
言われてみればそうだ。本当の幸せを手放してしまったら意味がない。
「そういえば、あの黒服さんたちは?」
「知らない。前世ではクビになったっきりだし、今世でも見てないから別の会社で働いてるんじゃない?」
「本当にそれっきり?」
「待遇の良いとこへの転職のサポートはしたけどね。それからは知らない」
「ふぅん。貴女が面倒見いいとこ見せるなんてね」
「役に立ったから返しただけ」
「でも、こうして恩返しをした。良い行ないには、良い行ないで返す。これって、とても幸せなことじゃないかな」
確かにそうかもしれない。
結局、あの二人に何も返せず仕舞いだった。それで終わりなのは実際すこし心残りだ。
「だから今世では」
「莉世に恩を返す」
「……それ自分で言うんだね」
「じゃないと意味ないだろ」
最初の友達になってくれたこと。俺を導いてくれたこと。運命を変えてまで助けてくれたこと。
他にも沢山あるが、思い出せない程の感謝を、彼女へと返す。
「二人の幸せ。これを、今世では見つけようよ」
俺に優しくしてくれた人は、幸せにしないとな。
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