第17話 街中デート(後日談)
ユキとカノンは例のカフェに行き、カノンは持ち前の遠慮の無さでグイグイと話しかけて店長の曽祖母が書いたという日記帳を見せてもらったらしい。
夕食時に珍しくカノンも同席して日記の内容を共有してくれる。
「一通り目を通したけど大したことは書いてなかったね。」
「あの速さで全部読んだのか? どのページも1秒も開いてなかったが……。」
「『超感覚』っていう術があってね、1秒を自分の体感で30秒くらいまで引き延ばせるんだよ。だからあれで一通り読んでたの。」
「それでも速いな。」
「伊達に本ばっかり読んで無いからね。」
「それで、どんな事が書いてあったの?」
「えっとね、曽祖母っていう人の名前は「
内容はまあ普通の日記帳。ただ、日記に語りかける感じの書き方になってるのがちょっとアンネの日記っぽいなって思ったよ。
書き始めたのが召喚されて5年くらいだった25歳くらいから。召喚当初の事はちょいちょい思い出話的に差し込まれてるだけなんだよね。どっちかというと日本への想いが吐露されてる感じっていうか。
日記は5年分くらい。最後のページには「夫と娘とこの世界で生きていく私にはこの日記は不要だ。」って締めてて、後半はレシピ集になってたよ。」
一本桜ユキエ……聞いた事あるような?
「その人って同じ名前の有名人が居なかったか?」
コウが呟く。
「女優でそんな名前の人が居たな。同姓同名か?」
「そうだろうな。何十年も前の人だし、そもそもあの女優はまだ20代だろ。」
「そうだな。さすがに年齢が違いすぎる。」
コウとユキはたまたま同じ名前の別人だと結論付けたようだ。私は一応カノンにも聞いてみる。
「カノンはどう思う?」
「写真があった訳じゃないからわからないし、私はその女優さんを知らないからね。まあ同姓同名じゃないの?」
「そっか。まあ確かめようも無いもんね。」
「アリナはその人と女優の一本桜ユキエが同一のかもしれないって思ったのか?」
「別にそういうわけじゃ無いんだけど。そもそも歳が違い過ぎるし。」
「結局分かった事はユキエさんが元日本人でこの世界に永住する事にしてカフェを開いたって事ぐらい。カフェの店長さんにも「私達の祖国の言葉とは違うみたいです。」って言って返してきたよ。」
「まあ疑問は解消してよかったな。この国に日本由来のカフェがあったのはラッキーだったじゃないか。また行こうぜ。」
「俺も今日コーヒーを飲んだが美味かった。日本では紅茶よりコーヒー派だったからな。」
「あ、そうなの? じゃあ私が淹れてあげるよ。日記帳の後半のレシピ集にこの世界版のコーヒーの材料も書いてあったから。」
「本当か! それは嬉しいな!」
「明日にでも市場で材料買ってくる。味見役やってね。」
「任せろ。」
気が付けばカノンがユキに異世界コーヒーを振る舞う約束をしていた。カノンのこういうところ、地味に女子力高いと思うんだけどどうでしょう。
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「それで、実際はどうだったの?」
夜、カノンと2人きりになったので意図的に話さなかった部分を聞き出す。
「まず、ユキエさんが私達とそう違わない時代から召喚されたのは間違いないね。」
「だとするとやっぱり女優の一本桜ユキエ?」
カノンは首を振った。
「それは分からない。さっきも言ったけど写真が無いし私はその女優さんを知らないからね。店長のお婆さんがひ孫に当たるわけだけど、アリナから見て女優の一本桜さんと似てた?」
「うーん……分からないわね。」
「どっちみち確かめる方法もないしね。そこは保留というか、考えても仕方ないかなって思うよ。」
「そうね。他にわかった事は?」
「彼女も私達と同様に聖剣と聖盾の使い手として召喚されていたみたい。その時も相手は魔族国。大体100年前の話だね。当時は今ほど本格的な戦争をしていたわけじゃなくて、魔族の侵略に対する防衛として駆り出されたみたい。
なんと彼女は聖剣と聖盾、両方とも使えたらしい。」
「1人でコウとユキの2人分か。それは強いわ。」
「当時の魔王……魔族国の王は、最前線に出てくるタイプだったみたいで召喚されて2年後くらいに最後の防衛戦で魔王と一騎打ちして勝ったらしいよ。それで魔族国からの侵略は無くなりユキエさんの役目もおしまい。」
「2年か。それで日本には帰らなかったの? それとも帰れなかったの?」
私が聞くとカノンは困った様に眉をよせた。
「そこが日記にはハッキリと書いてないんだよね。戦いが終わったユキエさんは聖剣と聖盾を返却。すると普通の女性に戻ったって書いてあった。私やアリナと違って聖剣と聖盾の持ち主は武器が無いと術が使えないのかな? コウやユキもそうなるかもね。
その後ユキエさんは褒美としてある程度まとまったお金と王都でお店を出す許可を得て、数年後に例のカフェを開いたんだって。その時にはこの世界で出会った旦那さんと結婚していたみたい。」
「大切な人が居たから帰らなかったのか、帰れなかったから大切な人が出来たのか。順番が分からないわね。」
「あくまで日記だからね。ただ、レシピの部分に「スマホが無いからわざわざレシピ本を自作するのは不便だ」とか「日本の味は再現できたけど、もっとジャンクな味や家系ラーメンの味も食べたい」とかそう言うコメントがあったんだよ。」
「それは確かに現代日本人のコメントね。そんなこと言われたら私もハンバーガーが食べたくなっちゃうわ。」
「私はいつも「オモチャはいりません」って注文してたよ。」
「カノンは高校生にもなってハッピーセット食べてたの!?」
「高校生こそハッピーセットじゃない? 安いし。」
「確かにお小遣い制だとそうかも。もう遠い記憶だから高校生の頃どうしてたかなんてよく覚えてないわ。」
「そういえばアリナの女子高生時代の話ってほとんど聞いたこと無いかも。あまり話さないよね。」
「……私、いわゆる大学デビュー組だから高校生までは田舎の地味女子でカノンみたいにかわいく無かったの。」
「そうなの!? 意外!」
「都内の大学に進学して一人暮らしを始めてね。東京ってオシャレな人も多いし女の子もみんな可愛いじゃない? それで自分もそうなりたい! って思って自分磨きに力を入れる様になったってわけ。
だから高校までの私ってちょっと語りづらくって。」
「大丈夫、今のアリナは可愛いよ! 私、この世界に来たときアリナを見てすごくキレイな人だなって思って最初は話すのちょっと緊張したもん。」
「フフ、ありがとう。……ちょっと話がそれちゃったわね。ユキエさんが現代人ってところだったかしら。」
「そうだね。日本に帰らなかったのが自分の意思かそうで無いかだけど、私の感想としてはやっぱり帰りたかったんだと思うよ。日記の端々からそういう想いが感じ取れた。それでもこの世界で生きていくしか無いんだから頑張って行こうって決意するための日記だったかな。」
「帰りたかったのに、帰れなかった……。」
「ユキエさんはね。私たちはどうなることやら。」
「じゃあ今日分かった事をまとめるわね。ひとつ、昨日の予想通りこの世界と私達の世界では時間の流れが違う可能性は高い。こちらで100年くらい前に召喚されたユキエさんは日本では平成後半から令和の時代から召喚されている。」
「そうだね。だから私たちってこの世界でもう5年以上過ごしているけど、日本ではまだ数ヶ月くらいかも? これは朗報。」
「ふたつ、魔族との戦いで勝っても日本に帰れない可能性がある。」
「まあそこは「可能性がある」で行きたいね。今のところは。前にも話した通り、他の方法は見つかってないわけだし今は帰れる可能性に縋るしかないわけで。」
「みっつ、カノンはユキにコーヒーを淹れる。」
「オチに使われた!」
あははと笑い合う私たち。
後日カノンが淹れたコーヒーはユキに大変好評で、ユキがあまりにも褒めるものだから結局カノンは毎朝コーヒーを淹れるのが日課になった。「全くユキは仕方ないなあ。」なんて言いながらも下手くそな鼻歌を歌いながらコーヒーを淹れるカノンはいつも楽しそうである。
ちなみにこのコーヒーは豆をすり潰しているのではなくゴボウに似た根菜から作っている。日本でいうゴボウコーヒーの様なものであった。
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