第13話 カフェデート、おかわり

 さっき出て行ったばかりの客が再びその店を訪れる場合、その理由は十中八九忘れ物。大抵は財布かスマホ、たまにハンカチというのが相場だ。だから「いらっしゃいませ」じゃなくて「どうしたんですか」が来るのはごく自然な流れなんだけど。


「お客様、いかが致しましたか?」


「えーっと、今度はこの子とデートしにきました……。」


 違う女の子を取っ替え引っ替えして連続で客として入店した私をこの店主はどんな目で見てるんだろう。さすがの私もちょっとだけ恥ずかしい。


 通されたのは先ほどと違って一番奥の席だった。私がプレイボーイだった場合、もしも有里奈が外を通って外から私に気付いたら修羅場になるとでも思っての気遣いだろうか。生憎私の心は既に修羅場なんですけどね!


 店内全体が見渡せる奥側の席に座ると、向かいにミア先輩が座る。


「おすすめはケーキセットですけど。」


「……いらないかな。」


「じゃあ紅茶を2つ。」


 席に座って何も頼まないわけにはいかないので、2人分の紅茶をオーダーする。そのまま暫し沈黙。ミア先輩は明らかに警戒した姿勢を崩さない。紅茶が運ばれて来たが手を付けるつもりは無いようだ。


「心配しなくても毒なんて入って無いですよ。」


「……別にそういう意味じゃないんだけど。」


 私はといえば既にお腹がタプタプで正直これ以上飲みたく無いんだけど、流石に2人して飲まないのは不自然なので仕方なく少しずつ口に運ぶ。


「あの、ミア先輩。ちょっとお花を摘みに行くのでカバンを見てて貰っていいですか? 私この紅茶って今日5杯目でそろそろ危険が危なくって……。」


「……どうぞ。」


「どうもっ!」


 慌ててお手洗いに駆け込んだ。席に戻るとミア先輩は仏頂面で紅茶をすすっていた。


「お待たせしました。さて、何の話でしたっけ?」


「かののんが「紅蓮の魔女」で私たちのクラスメイトたちを殺したって話。」


「先にひとつだけ聞きたいんですけど、何で私が「紅蓮の魔女」だって思ったんですか?」


「……上野君から話を聞いて、「紅蓮の魔女」って何処かで聞いた事がある気がして。さっきかののんに会って話してる時にそういえば初めて会った時に自分でそう名乗ってたなって思い出したの。」


 確かに初対面の時、軽く探りを入れて反応を見ようとその単語を放り込んだ。そんな会話を覚えているとは流石である。


「仮に私が紅蓮の魔女だったとして、クラスメイトを殺した事については否定したら私と上野先輩のどっちを信じます?」


「……そんなの分かんないよ。私は何も覚えてないんだもん。だけど上野君は嘘をついている様子は無かった。かののんは正直に話してくれないの?」


「上野先輩からどんな話を聞いたんですか?」


「だから、紅蓮の魔女にクラスメイトが大勢殺されたって。」


「そんな端的に済む話でもないでしょう。上野先輩がどう話したかでそもそもミア先輩が私の話を初めから信じるつもりがあるかどうかって疑問はありますし。」


「……確かにそうだけど、上野君から聞いた話を全部したらかののんが都合よく話を作れるじゃない。」


「まあそうですね。否定はしません。だから、私の話を聞いた後で良いので上野先輩から聞いた話を教えて下さい。こっちにも言い分はあるので。」


「……わかった。」


「じゃあ話しますね。確かに私は異世界で「紅蓮の魔女」と呼ばれていました。ただミア先輩のクラスメイト達を殺したかどうかは分からない。これが結論です。」


「殺してないの……?」


「殺してないではなく、分からないです。」


「……どういうこと?」


「結論から言うとそうなるんですよ。まあ私にも弁明があるということで、初めから聞いて貰ってもいいですかね……だいぶ長い話になるので覚悟はして欲しいですが。ケーキセットを頼むなら今ですよ?」


 私は少し様子を伺ったがミア先輩はケーキを頼むつもりは無さそうだ。それでは、と私は異世界での話をミア先輩に語り始める。ただ、紅蓮の魔女に関わる部分以外は基本的にダイジェストだ。


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 かののんの話は上野君から聞いたものよりさらに壮絶であった。


 ある日異世界に召喚されて魔族国を治める魔王を討伐して欲しいと言われ、魔王を討伐したら元の世界に返して貰えると約束された。

 

 最初はいわゆるファンタジーに出てくる魔王を想像していたけど実際にやってる事は王国軍による魔族国への侵略であり、自分達はその片棒を担がされていた。

 

 一緒に召喚された仲間達と10年かけて魔族国を徐々に侵略して、最後には魔族国の王都にある王城に乗り込み王……魔王を倒した。

 

 ただ魔王を倒したら元の世界に返すと言うのは王国側が自分達を都合よく操るための嘘で、返すどころか用済みになった自分達は王国に殺されそうになったので返り討ちにした。


 その後自分達で元の世界に帰る方法を探して旅に出たが最後までそんな方法は見つからずに全員病死した。


 死んだと思ったら異世界の記憶を持ったまま召喚された日に戻っていた。


 そんな話を思い出話でもするように語っていく姿に嘘を吐いている気配は見られなかった。


「「紅蓮の魔女」って、呼ばれるようになったのは戦争を始めて5年目くらいだったかな? 最初は味方だけが言ってたんですけど気付けば敵側もそう呼ぶようになってたらしいですね。ちなみにその由来ですけど、あの世界って意外にも炎を出す魔術がなかったんですよ。だけど、うっかり私が開発しちゃってその功績として王国側から不名誉な称号をつけられたって経緯になります。


 ……それで私がミア先輩のクラスメイトを殺したかどうかは分からないって言う理由ですけど、単純に人を殺しすぎてるからですね。10年で私が殺した人数は千や二千じゃ効かないと思います。というか正直数えてすらいないんですよね。炎の術で相手の拠点ごと燃やし尽くすなんてのはあの戦場では当たり前でしたから、そこに人が居ようと居まいとお構いなしです。なのでそのどれか1つにミア先輩達がいたとしたらその時に巻き込んでいる可能性はあるんじゃないですかね?」


 私が彼女に恐怖を覚えたのはこの発言だった。大勢の人を殺したと言う事実を、他の事柄と同じように語るかののん。そこに彼女の持つ爛漫な雰囲気が合わさりまるで未知の生き物が話しているかのような違和感を感じるのだ。


「かののんは……。」


「はい。」


「その、人を殺す事に何も思わなかったの?」


 そう訊ねるとかののんは気不味そうに答える。


「あー……。最初は辛かったですよ。それこそご飯とか食べられなくなって餓死しかけてましたし。でもずっと続いてくうちに壊れちゃったんだと思います。後半は特に何も感じなくなっちゃいました。」


 壊れてしまったと言うのは、彼女の心だろう。おそらく人を何人殺しても何も感じなくなってしまう程に疲弊し切ってしまったのだ。


「そこまでして戦争に手を貸していた理由っていうのは、最初に言ったように日本に帰りたかったから?」


「そうですね。それだけです。私達……私は、ただ元の世界に帰りたいって願いのためだけに、異世界で数え切れないほどの人を殺してます。だからもしもミア先輩やクラスの皆さんが魔族国で召喚されていたとすれば私が纏めて焼き尽くしてるかもしれませんし、それならスミマセンでした。……まあミア先輩はそもそも異世界の記憶がないって事ならそれは救いですね。」


「かののんは異世界で覚えた魔術を今も使えるの?」


「使えますよ。見ます?」


 そう言って指先をくるくるっと回すとカップに半分ほど残っていた紅茶が渦を作り始める。そのまま指をピンっと跳ね上げると今度は紅茶がカップの中で噴水を作った。


「すごいね…。」


「まあこれは簡単な魔力操作ですけどね。あっちでやってもそれで? で終わるような宴会芸です。他の術も使えますけどここではさすがに。」


「そっか……。」


「他に聞きたいことってありますか?」


 聞けば答えてくれるつもりなんだろう。


「……後悔してる?」


「数えきれないほどしてますよ。1番の後悔は召喚された翌日の朝の件ですね。意味もわからず言葉も通じない世界に呼び出されて、寝て起きても同じ場所にいて「ああ夢じゃないんだ」って心底絶望したんです。その時ふとキッチンにある果物ナイフが目に入って、これで喉を突いたら楽になれるかもって考えたんです。結局ビビって出来なかったんですけどまさかその場でさっさと自害すれば帰ってこれるなんて思わないじゃないですか。それをしていれば一日限りの悪い夢で済んだと思うと、悔やみ切れないです。

 

 他には薄々王国の嘘に気付いていながらももしかしたらって可能性に縋って戦い続けたこととかも後悔してますね。


 他にも細かいことを挙げればキリが無いですよ。あっちでは上手く行ったことの方が圧倒的に少ないんで。」


 そう告げるかののんの表情は本当に辛そうなものだった。


「うちの学校の生徒のフリをして私に近づいたのは、その異世界の記憶とかののんの魔術に関係あるの?」


「別にミア先輩がターゲットってわけじゃ無いんですよ。こんな風に接近したのは偶然です。メンチカツパンのお導きかな。そもそも潜入した理由は、話せません。ただ危害を加えるつもりは無いです。信じて貰えるかは分かりませんが……。」


 話せないと言うことは、おそらくかののんの独断で話して良いか判断できない……なにかしら組織的な動きがあるのかもしれない。


「じゃあ最後にもう一個だけ。なんでここまで正直に話してくれたの? 適当に誤魔化すってこともできると思うんだけど。」


「逆にここまでの話を信じてるんですか?」


「うん。なんとなく嘘を言ってない気がするってだけだけどね。こう見えて人を見る目はあるんだよ、生徒会長だったから。」


「なるほど。生徒会長舐めてましたわ。認識のアップデートが必要ですね。」


 ヘヘッと笑うかののん。


「そうですね。まあミア先輩が上野先輩から聞いたって話が気になるからって打算もありますけど、私って一度ミア先輩を殺してるんですよね? 先程も話したように私にとってあの戦いは後悔の象徴ですし、私のエゴでその命を奪ったのであれば謝って済む事では無いですが、せめてもの償いとして聞かれた事には答えないといけないかなって部分もあります。それに、」


 かののんは私の手を取る。


「私たち、友達じゃないですか。私は友達に嘘をつくような不誠実な人間では居たくないんです。」


 そう語る彼女の眼からは揺るがない意志を感じた。ああ、この子は強い子なんだ、強いけど脆い。そんな印象を受ける眼だった。


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 ミア先輩まで嘘を見破る名人だとは思わなかったが、まあ問題ない。私はさっきから何ひとつ嘘をついていない。本当に話せない事は話さないだけだ。それすら看破する白雪のパッシブスキルに比べたらぬるゲー過ぎる。


「じゃあ次はミア先輩が聞いた、上野先輩から見た異世界について話してもらえます?」


 私の手札を晒すだけで上野レイジ……魔力持ち側の情報が得られるなら安い買い物だと思っている。ミア先輩は友達だし、危害を加えるつもりは無い。それは紛れもない本心だけど、都合良く情報を引き出せる対象でもある。


「そうだね……全部上野君から聞いた話にはなるんだけど。」


 ミア先輩が訥々と語り始める。


 3-Aの全員が異世界に召喚され、侵略国……私たちのことだ……を退けるよう頼まれた。全員に『異世界言語理解』と、各々にひとつずつチートスキルが与えられた。およそ3年の戦いを経て戦争に敗北。クラスメイトも殆ど死亡し、その大半が私に殺された。

 当時上野レイジと付き合っていたミア先輩は最後の最後、王が討たれる直前に脱出をする途中で私が放った炎で崩れた建物の瓦礫に埋まった。

 上野レイジは恋人を殺した『紅蓮の魔女』、つまり私に復讐を誓ったものの願いは成就せず数年後に病死……ふと気がつくと自分だけが異世界の記憶を持って召喚された時間に戻ってきていた。


 なるほど、別視点の経験談のお陰で少し見えてきたな。


 とりあえず『異世界言語理解』ってなんだよその都合のいいスキルは!? 私達は何ヶ月も必死で勉強してあっちの言葉を覚えたんだけど!? やっぱりあの王国はクソだ。改めて滅ぼして良かったと過去の自分を褒めておこう。


 それはさておき、ミア先輩の話しに戻って……上野レイジ以外にも少なくとも新宿ユキヒロには異世界の記憶があったはずだ。だから航のメッセージを解読出来ている。だがそれは上野がミア先輩に隠したのか本当に知らないのか。


 確かめたいけど、本人に会うのは危険な気がする。


「上野先輩、私を見たら殺しますかね?」


「え?」


「だって復讐の相手はこうして生きているので。」


「でも、かののん……『紅蓮の魔女』がこの世界に居るなんて思わないでしょ? 上野君も言ってなかったし。」


 ……ミア先輩は知らないけど、例の白オオカミを討伐した時にSNSで拡散した紅蓮の檻の画像。あれって見たことあるなら『紅蓮』だってピンと来るんだよなあ。上野レイジがミア先輩の告白の返事を受験後まで保留したのってその間に紅蓮の魔女を殺す決意を固めたってだけな気がするし。


「そうだといいんですけどね。」


 敵対する可能性のある相手のチートスキルを事前に聞けたのは僥倖だった。剣を際限なく撃ち込んでくるなんてどこの英雄王だ。私は対抗できる固有結界なんて使えない。身体は剣で出来てないし、血潮も鉄じゃ無ければ心だって硝子じゃない。


 出来れば戦いたくは無い。ミア先輩が彼の心の闇を祓ってくれると有難いんだけど。


「それで、ミア先輩は異世界での事を何か少しでも思い出しました?」


「ううん、何も。」


 つまり異世界の記憶が戻ったからミア先輩の体に魔力が流れ始めたってわけじゃ無いのか。


「ちなみに上野先輩にこんな風に手を握られたり、身体を触られたりしました?」


「し、してないよ!?」


「そっか……。」


 魔力を直接流したわけでもなし。


「かののん、どうしたの?」


「ああ、実はさっきからミア先輩にもなんか魔力が流れてるっぽくて。その原因が何かなって考えてました。」


「ええっ!?」


 とりあえず考えることが多すぎる。一度帰って整理したいな。ミア先輩の魔力については一旦様子見するしかないだろう。


 すっかり長居したカフェを出る私達。コートを羽織ろうとしていたミア先輩の肩に1cm程度の小さな1匹の蜘蛛が付いている事に気付いた。


「ミア先輩、肩に蜘蛛が付いてますよ。」


「うそっ!? とって!」


「ほいっとな。……もう取れましたよ。」


 指先から小さな小さな魔力弾を放ち、蜘蛛を撃ち落とす。


「あ、ありがとう。」


「どういたしまして。じゃあ帰りますか。」


 駅でミア先輩と別れ帰路についた。渚さんに報告があるとメッセージを送る。今日も集合して報告会かなあ。


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 かのんはミアと話している時、気配察知を怠らなかった。万が一にも周りに話を聞かれないように、席の近くを人が通るときはさり気なくお茶を手に取るなどして話を中断する徹底ぶりを見せた。


 またミア以外の魔力が周囲にないか、これも定期的に魔力察知する事でチェックしていた。


 つまり人の動きと魔力の動きに細心の注意を払って会話をしていたわけだが、逆に言えばそれ以外への警戒はしていなかった。


 例えば、小さな蜘蛛の目を通して遠くの出来事を知る事ができるチートスキル。そんなものがあるとは夢にも思っていないし、仮に知っていたとしてミアの肩に付いていた蜘蛛がその監視用の蜘蛛であるとは看破出来たか怪しい。


 蜘蛛の主はその目を通してかのんとミアの会話を全て見聞きした。最後にはかのんに見つかってしまい、ミアに対する親切心からそのまま駆除されてしまったが大きな問題ではない。


神田ミア泥棒猫につけた蜘蛛がまさかこんな大物を釣り上げるなんてね。紅蓮の魔女がこんな身近にいるって知ったら、上野くんはどんな顔をするかしら。」


 恵比寿ハツネは楽しそうに笑った。

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