第3話 修行の日々
私は日々回復術の訓練に勤しんでいた。
午前中は魔力の総量を増やしつつ利用効率あげる基礎訓練を、カノンと共に行う。午後から個別に師の元でそれぞれ回復術と魔術・呪術を習う。
私は日々の訓練に至って真面目に取り組んでいた。……正直言って焦っていた。コウとユキは聖剣と聖盾を使うという唯一無二の才能を持ち、カノンは史上初の魔術と呪術のハイブリッド術師である。それに比べて私は回復術というこの世界にありふれた……と言えるほど多くはないけれど、まぁ使える人がそこそこいる才能に留まっている。
別に3人に負けたくないって思う訳じゃないが、置いていかれるのは嫌だと思った。そんな私の焦りを知ってか知らずか、今日もコウが声をかけてくる。
「アリナー、今日も回復よろしくな!」
「別にいいけど、騎士団にもお抱えの回復術師はいるんでしょ? ユキはそっちで治して貰っているじゃない。」
「あれって爺さんだぜ? アリナに治してもらった方が治りが良い気がするじゃん。」
「それだけベテランの治療師って事じゃない?」
「いや、一度治して貰ったけどさ。正直アリナの方が回復上手いと思うぞ?」
「まあお世辞として受け取っておくわ。」
「お世辞じゃないんだけどなぁ。今度ユキにも判定して貰おうぜ。」
「はいはい。じゃあさっさと服脱いで。」
上半身裸になるユキ。身体中痣だらけだし、骨が折れている事も珍しくない。それだけ厳しい訓練をしているという事だ。
「『回復』っと…。」
手をかざすとコウの傷がみるみる癒えていく。日々、効率よく治せるようになってはいるが、それでもまだまだだなぁと思う。少しずつではあるが、日々成長を実感させてくれるコウの治療タイムは私にとっても有り難かった。
「あぁ〜、効くぅ〜。」
「オジさん臭い声出さないの。」
「いや、ホント癒されてるって感じするんだわ。」
「それは良かったわ。」
「ああ、アリナの治療だけが日々の癒しだぜ。」
「そう言ってくれるのはありがたいけどもっと怪我をしないようにしなさいな。」
「それな。これでも前よりは強くなってるんだぜ? ただ訓練も日々厳しくなるんだよなぁ。」
「まあ国を救うってなると騎士団の人に負けてる場合じゃないからねぇ。」
「魔族国の魔王だっけ? そいつを倒せば俺たちは元の世界に帰れるって話だったよな。」
「そういう事らしいわね。」
「でももう召喚されてから何ヶ月も経っちまったし、今さら戻っても事務所はクビになってるだろうなあ。」
「私も留年確定だわ。それより家族も心配してるだろうし……1日でも早く帰りたいわね。」
「ああ、頑張ろうな!」
「……ところでカノン、そんな扉のカゲで何してるの?」
「え? バレてた!? あの、今日の訓練終わったからご飯食べに行こうってアリナを呼びにきたんだけどね、そしたらコウは裸だしもしかして2人は良い雰囲気なのかなって思って邪魔しちゃ悪いかしらってね!?」
「それでバレバレの覗きをするのは如何なものかしら?」
「バレてないつもりだったんだよー!」
「そういう問題じゃない!」
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コウ、ユキ、カノンと私の4人で用意されたご飯を食べる。数ヶ月も一緒に居るといい加減個人的な話も尽きて、今日の訓練はどうだったそんな話しか話題も無いが、昼間はお互い別行動なので何をしていたか分かるのは情報共有としても重要だ。
「今日の訓練は兵士5人対俺とユキの2人だったな。」
「そんな無茶な訓練してるの!?」
「ああ、魔力で身体は強化されているとはいえ、5対2は厳しいぜ。」
「コウは無理して前に出過ぎだ。あと周囲が見えていない。俺も全方位を守れる訳じゃ無いんだからな。」
「ああすまん、熱くなるとつい。ユキは冷静だから司令塔向きだよな。」
「だが俺にはコウのような攻撃力が無い。いざ実践でお前がやられたらジリ貧にしかならないんだから最低限周りを見れるようにはなってくれ。」
「そこで怪我したらアリナの出番って訳だな。」
「多分私は後方待機だから、そんなすぐには治せないわよ?」
「え? そうなの? 4人で冒険の旅に出るんじゃ無いの?」
「それがね、旅に出て魔王を倒すとかそんな感じじゃ無いと思うのよ。ね、カノン。」
「うん。多分なんだけど国を救うとかなんとかいいつつ、この国がやってる事は隣の国との戦争だよ。
私たち、隣の国って魔王が支配する魔族国なんて翻訳してたけど多分私たちの世界でいうところの黒人白人みたいな人種の違いだと思うよ。肌の色や文化が違うだけ。
だから魔王といいつつ、実はただ国を治めてる王様。まあわざわざコウを呼び出したって事は強いのは間違い無いんだろうけど。」
「マジで。」
「マジマジ。私の師匠達もちょくちょく駆り出されてるしね。いろんな場所でしょっちゅう小競り合いしてるみたいだし、私たちも戦場で死なないぐらいの強さになったらどこかの戦場に投入させるんじゃないかな?」
「じゃあ俺たちは戦争に加担させられるって事なのかよ!?」
「そだね。」
「なんだよそれ……ファンタジーじゃないのかよ……。」
「カノン、それは確かなのか?」
「私達が戦場に送られるのかどうかまでちゃんと聞いたわけじゃないけど、魔族国……もう今更訂正するのも変だしそう呼ぶね、魔族国と戦争しているのは師匠達も認めてる事実だし、「早く手伝ってもらわないとな」とまで言われてるし。間違いないんじゃないかな?」
「……カノンはそれでいいのかよ?」
「いいも何も現状、元の世界に帰る手段がそれだけしかないんだから仕方なく無い?」
「現実主義だな。」
「そんな格好良いものじゃないけど……。」
「それで、俺たちはいつ頃戦場に送られるんだ?」
「そこまでは知らないよ。でも2対5なんて集団戦を想定してきているぐらいだし、そろそろじゃないの?」
「そうか……コウ、俺達も覚悟を決めないとな。」
「ああ、そうだな……。」
コウは力無く頷いた。
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その日の夜、コウが私達の寝室に訪れる。ちなみに男子女子はとっくに寝室別だ。
「レディーの寝室に来るなんて積極的ね。」
「アリナ……。カノンはもう寝たのか?」
「あの子なら地下の図書室よ。戻ってくるのは日付が変わったあとぐらいになるわね。」
「何か調べ物か?」
「はぁ……あの子、術の訓練が始まってからずっとこうよ。本人曰く、今日の復習と明日の予習らしいわ。」
「そんなにストイックなのか?」
私はコウを部屋に招き入れるとテーブルに座らせる。2人分のお茶を淹れて話を続ける。
「カノンみたいな魔術と呪術のハイブリッドな術師ってこの国で今まで例が無いっていうのは聞いてるわよね?
……この国の魔術師と呪術師と回復術師って基本的にお貴族様なのよ。」
「ああ、平民はほとんど魔力が無くて、貴族が魔術を独占しているって事だよな。騎士や兵士は魔力が無くてもなれるから平民出身のやつもいるな。そもそも徴兵されている奴も多いし。」
「厳密にいうと少し違って、魔力の有無って遺伝するのよ。両親が魔力を持ちだと子供も魔力を持つ可能性が高い。だから魔力を持つ貴族達はその中で婚姻を結んで魔力の維持に努めているってわけ。」
「そういうことか。それがカノンのストイックさとどう関係するんだ?」
「私とカノンは国のお抱え術師達に良い顔をされてないって事。」
息を飲むコウ。
「特にカノンはね、稀有な才能を持ってるなんてプライドの高い貴族様達からすれば許せないみたいで心無い言葉をかけられるなんて日常茶飯事よ。」
「知らなかった……。」
「あの子は言わないからね。私もたまたま目撃して知ったぐらいだし。」
「アリナは大丈夫なのか?」
「私は回復術しか使えないからね。良く思われては居ないけれど、何かされるって事はないわ……今のところは。」
「そうか……何かあったら言ってくれよ?」
「別にコウに言ってどうにかなる話でも無いでしょ。カノンもそう思ったから誰にも言ってないわけで。」
「そういう事じゃ無くてさ!」
いきなり大きな声を出すコウにビックリする私。
「俺たち仲間じゃないか!? 仲間が辛い目に遭ってるってのに何も知らないなんて寂しいじゃないか!」
真剣な顔で吐き出すコウ。
「わかったわ。何かあれば相談する。」
「ああ、力になれるかは分からないけどな。それでも知らないままでは居たくない。」
「……ありがとう。」
「くそ、なんか夕食の時の話で不安になってさ。ちょっと話したいなって思ってきたら逆にとんでもない話をされちまったな。」
「フフフ、残念ね。」
「それにしてもカノンはそんな嫌がらせも受けてたのに全然変わらない調子で振る舞ってて、戦場に出る覚悟まで出来てて……一番年下なのに、強いんだな。」
「……あれは強いっていうのかしらね。」
「どういうことだ?」
「無理矢理感情にフタをしている様に見えるのよね。気付いてる? 最近あの子、前みたいに下らない冗談を全然言わなくなってるの。」
「……そういえば。」
「そういうことを言う余裕がないくらい、魔術と呪術の勉強が大変っていうなら良いんだけどね。心が擦り減ってるならそれこそ年長者の私達がケアしてあげないとって思うのよ。」
「そうだな。ああ、その通りだ。」
「とりあえずカノンの様子には気を付けてて。私も注意するから。」
「アリナは大丈夫なのか?」
「ほら、私って結構図太いし。いざとなったらコウが助けてくれるんでしょ?」
「……ああ、違いない!」
そういうとコウは胸をドンと叩いた。色々と思慮が足りないけれど、根はいい奴なので話していると楽になる。
私はなんだかんだコウと一緒に居ることでストレスが軽減されている事を自覚していた。
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